装甲巡洋艦 イェロギオフ・アヴェロフ

Armoured Cruiser "Georgios Averof"
θωρακισμένο καταδρομικό "Γεώργιος Αβέρωφ"


ギリシア海軍 Πολεμικό Ναυτικό


Γεώργιος Αβέρωφ

Γεώργιος Αβέρωφ
「イェロギオフ・アヴェロフ」((上段)1931年/(下段)1940年)
スペックデータ(竣工時)
排水量:(常)9,450t ボイラー:Belleville罐・石炭重油混焼×22基 燃料搭載量:石炭1,500t、重油 70t
全長:(全)140.8m
全幅:21.0m 主機:直立型往復動蒸気機関(4気筒3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水 7.5m
出力:19,000hp
武装:
47口径23.4cm(9.5inch)連装砲2基、45口径19.1cm(7.5inch)連装砲4基、
40口径7.6cm(14pdr)単装砲16基、、43口径4.7cm(3pdr)単装機関砲2基
(後に7.6cm単装砲を8基減じて45口径7.6cm(3inch)単装高角砲4基搭載、4.7cm
単装機関砲を撤去し39口径4cm単装ポンポン砲4基搭載)、45cm魚雷単装発射管3基
最大速力:22.5kt
航続距離:10ktで7,125浬
乗員定数:670名

同型艦名(1隻)
イェロギオフ・アヴェロフ [Γεώργιος Αβέρωφ]

装甲巡洋艦イェロギオフ・アヴェロフについて
 ギリシア海軍が第一次大戦前の1907年次計画で発注建造した装甲巡洋艦。当時のギリシア海軍は急速に進化する列強各国の海軍力に比べて時代遅れとなっていたため、海軍力強化の一環としてイタリアから購入したものである。艦名は本艦の費用のうち三分の一を寄付したギリシア人大富豪の名前にちなんでいる。
 イタリアのオルランド社で建造された当艦は、当時のイタリア海軍装甲巡洋艦「ピサ」型と基本的に同一の設計であったが、搭載する砲はイギリス式となっている点が「ピサ」型と異なっている。機関は「ピサ」型と同様に仏ベルヴィール式水管罐とされ、レシプロ機関により20ノットオーバーの速度を発揮した。艦の装甲は厚く、当時の列強各国が保有する装甲巡洋艦の中でもトップクラスの防御力を誇っている。
 竣工直後に勃発したバルカン戦争(ギリシアを含むバルカン同盟諸国と旧宗主国であるオスマン帝国との戦争)では、オスマン帝国艦隊を相手に優勢に戦いを進めているが、その後に勃発した希土戦争(ギリシアとトルコの間でおこった戦争)ではあまり良いところを見せられなかったため、1920年代に近代化改修が施されている。
 第二次大戦ではドイツ軍に侵攻を受けたギリシアを脱出し、クレタ島経由でアレキサンドリアへ逃げ連合軍配下に組み込まれた。大戦当初はインド洋や地中海などで船団護衛などに従事したが、大戦末期になって解放されたギリシアに自由ギリシア艦隊旗艦として帰還している。終戦後もギリシア海軍の中心的存在として使用されていたが1952年に除籍され、現存する唯一の装甲巡洋艦でありギリシア海軍の歴史そのものとしてアテネのトロカデロにて記念艦となっている。

装甲巡洋艦イェロギオフ・アヴェロフの歴史
イェロギオフ・アヴェロフ [Γεώργιος Αβέρωφ]
1909年伊オルランド社[Orlando]にて建造中だった輸出用艦を購入
1910年 3月12日進水
1911年 5月16日竣工。就役後はギリシア海軍旗艦となる
1912年10月17日バルカン戦争勃発。ダーダネルス海峡封鎖やレムノス島占領などに従事
      12月16日ダーダネルス海峡にてオスマン艦隊を迎え撃ち勝利する(エリの海戦)
1913年 1月18日レムノス島近海にてオスマン艦隊と交戦し勝利する(レムノスの海戦)
1917年〜ギリシアは連合国側として第一次大戦に参戦
仏海軍指揮下にて船団護衛任務などに従事
1919年〜希土戦争勃発。対地砲撃などに従事するが、撤退戦となり避難民輸送を実施
1925年〜フランスにて近代化改修を実施(完了は27年)
1937年英国王ジョージ6世戴冠記念観艦式に出席
1939年 9月〜第二次大戦勃発
1941年 4月〜ドイツ軍がギリシアへ侵攻。独軍の接収をおそれギリシア海軍司令部から
自沈命令が出されるが、乗員は従わずギリシアを脱出
       4月23日クレタ島を経由し、アレキサンドリアへ到着
       8月〜連合軍の指揮下でインド洋にて船団護衛などに従事
1943年〜任務から外されポートサイドにて係留される
1944年10月ギリシアへ英軍の上陸作戦が実施される
同月17日自由ギリシア海軍旗艦としてアテネへ凱旋
      11月独軍撤退により解放されたアテネへ亡命政府要人を輸送する
1952年〜退役。サラミスにて係留され、ギリシア海軍艦隊本部として使用される
1984年〜記念艦への改修工事を実施。86年から記念艦として公開される


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