T1型 掃海(敷設)艇

"T1" Class Minesweeper(Minelayer)
Miinanraivaaja(Miinalaiva) "T1" luokka


フィンランド海軍 (旧ロシア帝国海軍) フィンランド海軍 ロシア帝国海軍


Rautu
掃海艇「ラウツ」(1943年)(Photo from "SA-kuva" (フィンランド軍写真アーカイブ)[Suomen armeija-kuva-arkisto])
スペックデータ
排水量:(基)190t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油 18t
全長:43.6m
全幅:6.1m 主機:直立型往復動蒸気機関(3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水 1.7m
出力:400hp
武装:
48口径75mm単装砲2基、40口径47mm単装高射機関砲1基、
7.6mm単装機銃2基、掃海具一式
(1930年代に47mm機関砲を60口径20mm単装機関砲1基へ換装、
機雷30個の搭載設備を追加)
最大速力:11.0kt
航続距離:5ktで1,100浬
乗員定数:35名

同型艦名(2隻)
T1 [T1](後に「ラウツ」[Rautu])T2 [T2](後に「ヴィルップラ」[Vilppula])

T1型掃海(敷設)艇について

 元はロシア帝国(帝政ロシア)海軍の掃海艇「ウダルニク」[Ударник (Udarnik)]型の艇で、竣工後は従属国であったフィンランド大公国首都のヘルシンキへ配備されていたが、フィンランドの独立に際してフィンランドが捕獲して海軍籍へ編入したものである。
 フィンランド海軍での当クラスは、掃海具のテストや機雷保管・運搬に使用されることが多く、あまり港から出て行くことは少なかった。1930年代には機雷敷設用の装備が搭載されている。

 冬戦争や継続戦争では、掃海艇や敷設艇として使用されている。「ヴィルップラ」は1944年7月(4月とする資料もある)にソ連軍機の攻撃を受け沈没しているが、「ラウツ」は終戦まで生き残り、戦後の1950年頃まで使用されている。


T1型掃海(敷設)艇の歴史
T1 [T1]
1916年 1月プチロウスカヤ造船所[Путиловская верфь (Putilovskaya verf)]にてロシア掃海艇「フォートラル」[Фортрал (Fortral)](「ムルマン」[Мурман (Murman)]説あり)として起工
1916年中進水
1917年(1918年1月説あり)竣工。ヘルシンキへ配備される
1918年 4月フィンランドが捕獲。艇名を「T1」と改名しフィンランド海軍籍へ編入
1930年代兵装の換装を実施。掃海艇兼敷設艇となる
1936年艇名を「ラウツ」[Rautu]と改名
1939年12月〜対ソ戦(冬戦争)勃発。沿岸部での機雷敷設や対潜哨戒に従事
1940年3月に対ソ戦停戦
1941年 6月〜対ソ戦再開(継続戦争)。機雷敷設や上陸支援などに従事
1945年戦闘行為終了後は沿岸域での掃海任務に従事
1950年除籍。52年スクラップとして売却
T2 [T2]
1916年 2月ロッソ・バルチック造船所[Руссо Балтика завода (Russo-Baltika zavoda)]にてロシア掃海艇「ザシートニク」[Защитник (Zashchitnik)]として起工
1916年 8月 5日進水
1917年 7月(1916年中との説あり)竣工。ヘルシンキへ配備される
1918年 4月フィンランドが捕獲。艇名を「T2」と改名しフィンランド海軍籍へ編入
1930年代兵装の換装を実施。掃海艇兼敷設艇となる
1936年艇名を「ヴィルップラ」[Vilppula]と改名
1939年12月〜対ソ戦(冬戦争)勃発。沿岸部での機雷敷設や対潜哨戒に従事
1940年3月に対ソ戦停戦
1941年 6月〜対ソ戦再開(継続戦争)。機雷敷設や上陸支援などに従事
1944年 7月25日(4月24日とする資料あり)ポルッカラ[Porkala]にてソ連軍機の攻撃を受け沈没
1950年代後半船体の大半は浮揚されスクラップとして売却


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