ルオツィンサルミ型 敷設艇

"Ruotsinsalmi" Class Minelayer
Miinalaiva "Ruotsinsalmi" luokka


フィンランド海軍 フィンランド海軍


Ruotsinsalmi
Riilahti
(上段)「ルオツィンサルミ」/(下段)「リーラヒ」(どちらも1942年)
(Photo from "SA-kuva" (フィンランド軍写真アーカイブ)[Suomen armeija-kuva-arkisto])

スペックデータ
排水量:(基)310t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:重油 搭載量不明
全長:50.0m
全幅:7.9m 主機:Rateau式ディーゼル機関×2基、2軸推進
(Ruotsinsalmiは1950年代にMAN式ディーゼル機関×2基(1,200hp)へ換装)
吃水 1.5m
出力:1,120hp
武装:
48口径75mm単装砲2基、56口径40mm単装機関砲1基、
60口径20mm単装機関砲1基、機雷100個搭載可能、掃海具一式
(Ruotsinsalmiは1950年代に全兵装を撤去し60口径40mm単装機関砲2基、
70口径20mm単装機関砲2基、機雷100個へ換装)
最大速力:15.0kt
航続距離:不明
乗員定数:60名

同型艦名(2隻)
ルオツィンサルミ [Ruotsinsalmi]リーラヒ [Riilahti]

ルオツィンサルミ型敷設艇について

 フィンランド海軍が1830年代末に建造した敷設艇。計画当初はフィンランド海軍の海防戦艦(「イルマリネン」型)に随伴する護衛艇とされており、沿岸部での行動を容易とするために吃水を浅く設計されている。
 搭載兵装は「カリヤラ」型砲艦と同程度であるが、搭載機関砲は新型のものになっている。上甲板にある3基の軌条に100個の機雷を搭載することが可能だが、哨戒任務や掃海任務にも対応できる多用途艇であった。

 対ソビエト戦(冬戦争)開戦には竣工が間に合わなかったが、その後の継続戦争では開戦直後からフィンランド湾への機雷敷設や船団護衛に従事しており、対潜哨戒に参加することもあった。
 「リーラヒ」は1943年8月にフィンランド湾のティースケリ[Tiiskeri]灯台南方でソビエト魚雷艇と交戦し沈没している。大戦を生き残った「ルオツィンサルミ」は1970年代まで使用され、最後は潜水艦母艦としての任務を果たした後除籍された。


ルオツィンサルミ型敷設艇の歴史
ルオツィンサルミ [Ruotsinsalmi]
1938年?クリクトン・フルカン社[Crichton-Vulcan]にて起工
1940年10月(同年5月説あり)進水
1941年 2月竣工
       6月〜対ソ戦再開。フィンランド湾への機雷敷設に従事
       8月末〜船団護衛や掃海任務に従事
1942年〜対潜哨戒に従事
       7月15日ソ連潜Щ-317を撃沈(推定。他艦と共同)
1943年 5月25日ソ連潜「Щ-408」を撃沈(他艦と共同)
1945年戦闘行為終了後は沿岸域での掃海任務に従事
1950年代搭載兵装の換装工事を実施
1973年〜潜水艦母艦へ類別変更
1975年除籍。港に係留放置となるが1990年にスクラップ
リーラヒ [Riilahti]
1938年?クリクトン・フルカン社にて起工
1940年12月14日進水
1941年竣工
       6月〜対ソ戦再開。フィンランド湾への機雷敷設に従事
       8月末〜掃海任務に従事
1942年〜スールサーリ[Suursaari](ゴグラント島)付近への機雷敷設に従事
1942年 7月対潜哨戒やソマーズ島[Sommers]への対地砲撃に従事
1943年 5月26日ソ連潜「Щ-406」を撃沈(他艦と共同)
       8月23日ロヴィーサ[Loviisa]南方のティースケリ灯台近海にてソビエト魚雷艇「№94」と交戦、沈没


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