敷設艇 M1(ロウヒ)

Minelayer "M1 (Louhi)"
Miinalaiva "M1 (Louhi)"


フィンランド海軍 (旧ロシア帝国海軍) フィンランド海軍 ロシア帝国海軍


M1 (Louhi)
敷設艇「M1」(1930年代以前)
スペックデータ
排水量:(基)640t ボイラー:(形式不詳)罐・石炭専焼×3基 燃料搭載量:石炭50t
全長:50.0m
全幅:8.0m 主機:直立型往復動蒸気機関(3段膨張式)×1基、1軸推進
吃水 2.7m
出力:800hp
武装:
48口径75mm単装砲2基、機雷150個搭載
(1930年代に39口径40mm単装機関砲2基、60口径20mm単装機関砲1基を追加)
最大速力:12.0kt
航続距離:不明
乗員定数:46名

同型艦名(1隻)
M1 [M1] (後にロウヒ [Louhi])

敷設艇M1(ロウヒ)について

 元はロシア帝国(帝政ロシア)海軍の機雷敷設艇「ヴォイン」[Воин (Voin)]として建造された艦だが、フィンランド独立に際しフィンランドへ移管されたものである。
 150個の機雷を搭載しての敷設が可能なよう設計されているが、速度が遅い、機雷庫のスペースが不十分、艦橋からの見通しが悪いなどの欠点があり、将兵には受けが悪かったと言われている。

 対ソ戦(冬戦争および継続戦争)や対独戦(ラップランド戦争)に参加しているが、1945年1月12日、ドイツ艦隊を阻止するための機雷敷設に従事中に爆沈した。
 長い間、当艦の沈没原因は不明であり、自軍またはドイツ軍が敷設した機雷への触雷説や、護衛していたソビエト軍哨戒艇による誤射説など言われていたが、最近の研究でドイツ軍の潜水艦「U−370」による雷撃説がほぼ確実となっている。
 さらに、ごく最近(2015年)の研究では、当艦の艦長だったオーラヴィ・シュルヤネン[Olavi Syrjänen]中尉と「U−370」潜の艦長カール・ニールセン[Karl Nielsen]中尉はフィンランドが枢軸側だった時代に友人関係であったとされている。


敷設艇M1(ロウヒ)の歴史
M1 [M1] (後にロウヒ [Louhi])
1916年?コロムナ[Коло́мна]造船所にてロシア海軍敷設艇「ヴォイン」として起工
1916年進水
1917年竣工
1918年フィンランド独立に際しフィンランド海軍へ移管。艦名を「M1」と改名
1920年代〜練習艦や潜水艦母艇としての任務に従事
1939年 9月〜第二次大戦勃発のため沿岸での哨戒任務に従事
      12月〜対ソ戦勃発。沿岸部での機雷敷設に従事
周辺海域凍結のため翌年1月末で行動停止(3月停戦)
ただしソビエトによる再侵攻のおそれがあるため停戦後も機雷敷設を実施
1941年 6月〜対ソ戦再開。機雷敷設などに従事
1944年 9月〜対独戦開戦。フィンランド湾口などで機雷敷設に従事
1945年 1月12日ルッサラ[Russarö]沖にて機雷敷設中に爆沈
(現在の研究では独潜「U-370」の雷撃説とされている)


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