カリヤラ型 砲艦

"Karjala" Class Gunboat
Tykkivene "Karjala" luokka


フィンランド海軍 (旧ロシア帝国海軍) フィンランド海軍 ロシア帝国海軍


Karjala
Turunmaa
(上段)「カリヤラ」(撮影年不詳)/(下段)「トルンマー」(1942年)
スペックデータ
排水量:(基)342t ボイラー:(形式不詳)罐・石炭専焼×2基 燃料搭載量:石炭50t
全長:50.1m
全幅:6.8m 主機:直立型往復動蒸気機関(3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水 2.3m
出力:1,150hp
武装:
48口径75mm単装砲2基、39口径40mm単装機関砲1基(1940年代初頭に
撤去。60口径20mm単装機関砲3基へ換装)、機雷30個搭載可能
最大速力:15.0kt
航続距離:15ktで700浬
乗員定数:48名

同型艦名(2隻)
カリヤラ [Karjala]トルンマー [Turunmaa]

カリヤラ型砲艦について

 元はロシア帝国(帝政ロシア)海軍の哨戒艇「ヴォドレズ」[Водорез (Vodorez)]型の艇としてクリクトン・フルカン社で建造されていたものだが、フィンランド独立に際し、フィンランド政府が接収した。「ヴォドレズ」型は全部で6隻の建造が予定されていたが、うち2隻は1921年にポーランドへ売却され、2隻が未着工となったため、フィンランド海軍には2隻のみが就役している。

 フィンランド海軍では砲艦に類別されたが、士官候補生の練習艦として使用されることもあった。第二次大戦が始まると沿岸部での哨戒任務に従事するようになり、同年末に対ソ戦(冬戦争)が勃発すると、ソ連軍迎撃のための機雷敷設や対潜哨戒などに従事している。
 その後の継続戦争にも参加したが当クラスは2隻とも生き残り、戦後は機雷掃海などに従事して1950年代初頭まで現役として活躍している。


カリヤラ型砲艦の歴史
カリヤラ [Karjala]
1916年クリクトン・フルカン社[Crichton-Vulcan]にてロシア帝国哨戒艇「フィリン」[Филин (Filin)]として起工
1917年フィンランド独立に際し、フィンランド政府が接収
1918年進水。同年中に竣工。艦名を「カリヤラ」と命名
 領海での哨戒・警備や士官候補生の訓練任務に従事
1925年密輸船の取締中に密輸アルコールの爆発事故に巻き込まれ乗員負傷
1939年 9月〜第二次大戦勃発のため沿岸での哨戒任務に従事
      12月〜対ソ戦勃発。沿岸部での機雷敷設や対潜哨戒に従事
周辺海域凍結のため翌年1月末で行動停止(3月停戦)
1941年 6月〜対ソ戦再開。船団護衛などに従事
       9月 3日フィンランド湾にて独軍機の誤爆を受け損傷を負う
      10月29日ソマーズ島[Sommers]への対地砲撃を実施
1942年夏〜スウェーデン〜フィンランド間の航路保護に従事
1945年〜戦闘行為終了後は沿岸域での掃海任務に従事
1952年除籍。翌年スクラップとして売却
トルンマー [Turunmaa]
1916年クリクトン・フルカン社にてロシア帝国哨戒艇「オルラン」[Орлан (Orlan)]として起工(後に艦名を「シロク」[Тщирок (Tshirok)]と改名)
1917年フィンランド独立に際し、フィンランド政府が接収
1918年進水。同年中に竣工。艦名を「トルンマー」と命名
 領海での哨戒・警備や士官候補生の訓練任務に従事
1939年 9月〜第二次大戦勃発のため沿岸での哨戒任務に従事
      12月〜対ソ戦勃発。沿岸部での機雷敷設や対潜哨戒に従事
周辺海域凍結のため翌年1月末で行動停止(3月停戦)
1941年 6月〜対ソ戦再開。船団護衛などに従事
      10月 9日〜ソマーズ島上陸作戦を支援。対地砲撃を実施
1942年夏〜フィンランド北東沿岸部での対潜哨戒に従事
       8月 8日フィンランド湾にてソ連船団と交戦。機関砲の暴発により戦死者が出る
1943年 5月 2日ホグランド[Hogland]沖で掃海任務に従事中、ソ連軍機の攻撃を受け大破
沈没を避けるためコットカ[Kotka]南方の浅瀬に座礁する
その後、浮揚され同年10月末まで修理を実施
1944年 7月ソ連軍の攻勢を受け撤退作戦を支援(ヴィボルグ湾の戦い[Viipurinlahden taistelu])
1945年〜戦闘行為終了後は沿岸域での掃海任務に従事
1952年除籍。翌年スクラップとして売却


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