イルマリネン型 海防戦艦

Coastal defence ship "Ilmarinen" Class
"Ilmarinen" rannikkopanssarilaivaluokka


フィンランド海軍 他 フィンランド海軍 ソビエト海軍


Ilmarinen

Vainamoinen
(上段)「イルマリネン」(撮影時期不詳)/(下段)「ヴァイナモイネン」(1944年)
スペックデータ(【 】内は兵装改修後(Vainamoinenのみ))
排水量:(常)4,100t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:重油 93t
全長:(全)93.0m
全幅:16.9m 主機:Germania式ディーゼル機関×4基+Leonard式電動機×2基 2軸推進
吃水:4.5m
出力:約4,700hp相当
武装:
46口径25.4cm連装砲2基、50口径10.5cm連装両用砲4基、
39口径4cm連装機関砲1基、同単装機関砲1基【56口径4cm連装
機関砲2基へ換装】、20mm単装機銃2基【8基へ増設】
最大速力:16.0kt
航続距離:16ktで700浬
乗員定数:343名

同型艦名(2隻)
イルマリネン[Ilmarinen]ヴァイナモイネン[Vainamoinen]

イルマリネン型海防戦艦について
 ロシア革命の際に独立したフィンランドは、独立直後は政情不安や隣国(スウェーデン)との領土問題などもあり軍備の拡張はあまり行えなかったが、1920年代後半になって海軍力の増強を行うため海防戦艦の建造が行われた。
 冬季には海面が凍結するという地理的なハンデもあって、建造される海防戦艦には砕氷能力が付加されている。機関は砕氷時に必要な速度コントロールや前後進の素早い切り替えを行うために、ディーゼルエレクトリック(ディーゼル機関により発電し、電動モーターで推進)が採用された。なお、当クラスのネームシップ「イルマリネン」は工事が遅れ「ヴァイナモイネン」より1年遅く竣工しているため、資料によっては「ヴァイナモイネン」をネームシップとしているものもある。
 兵装はスウェーデンのボフォース社製作の25.4センチ(10インチ)連装砲と10.5センチ連装両用砲が搭載されているほか、対小艦艇・対航空機用の機関砲も少数だが装備された。二番艦「ヴァイナモイネン」は第二次大戦中に機関砲を強化している。
 第二次大戦が始まりソビエトがフィンランドへ侵攻すると、当クラス両艦はオーランド諸島へ派遣されソビエトとの衝突に備えたが、その後海面が凍結するとフィンランド南西部のトゥルク防衛任務に就いた。1941年からの継続戦争では、ソビエト軍陣地を砲撃したり、ドイツ軍のノルトヴィント作戦に参加しているが、「イルマリネン」はノルトヴィント作戦の帰路に触雷し沈没した。
 その後も「ヴァイナモイネン」はソビエトに対して抗戦を続けたが、1944年に継続戦争が終結すると賠償艦としてソビエトに引き渡されている。ソビエト海軍編入後は艦名を「ヴィボルグ」[Выборг]と改名し、1950年代末まで使用された。

イルマリネン型 海防戦艦の歴史
イルマリネン[Ilmarinen]
1929年 9月クリクトン・フルカン社にて起工
1931年 7月 9日進水
1933年 4月17日竣工(就役は34年)
1937年 5月フィンランド海軍旗艦として、英国王ジョージ6世戴冠記念観艦式参加のため訪英
(航続距離が足りないためスウェーデン海軍に曳航して貰っている)
1939年11月〜ソビエトの侵攻により冬戦争勃発。オーランド諸島へ派遣
      12月〜バルト海凍結のためトゥルクへ移動。港湾防衛に従事(翌年3月冬戦争終結)
1941年 6月〜継続戦争勃発。フィンランド南端のハンコ半島のソビエト軍陣地を砲撃
       9月13日〜独軍のノルトヴィント作戦に参加
作戦の帰路、フィンランド湾にて触雷し沈没
ヴァイナモイネン[Vainamoinen]
1929年 8月クリクトン・フルカン社にて起工
1932年 4月29日進水
      12月28日竣工
1939年11月〜ソビエトの侵攻により冬戦争勃発。オーランド諸島へ派遣
      12月〜バルト海凍結のためトゥルクへ移動。港湾防衛に従事(翌年3月冬戦争終結)
1941年 6月〜継続戦争勃発。フィンランド南端のハンコ半島のソビエト軍陣地を砲撃
       9月13日〜独軍のノルトヴィント作戦に参加
 「イルマリネン」戦没のため、旗艦任務を引き継ぐ
1943年〜フィンランド沿岸部の哨戒任務などに従事
1944年 9月継続戦争終結。ソビエトへ賠償艦として引き渡されることになる
1947年 5月29日ソビエト海軍バルチック艦隊に編入。艦名を「ヴィボルグ」と改称
1950年代初頭兵装の近代化改修を実施
1950年代中盤タリンにて宿泊船として使用される
1958年退役。艦の廃棄が決定する
1966年解体処分となる


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