海防戦艦 ニールス・ユール

Coastal defence ship"Niels Juel"
Kystpanserskib(Artilleriskib) "Niels Juel"


デンマーク海軍 他 デンマーク海軍 ドイツ海軍


KDM Niels Juel
「ニールス・ユール」(1939年:Photo from Wikimedia Commons)
スペックデータ(【 】内は近代化改修後のデータ)
排水量:(常)4,100t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×2基、
      Yarrow罐・石炭専焼×2基
燃料搭載量:石炭 250t
       重油 240t
全長:(全)90.0m
全幅:16.3m 主機:三段膨張型往復動蒸気機関×2基、2軸推進
吃水:4.9m
出力:6,000hp
武装:
45口径15cm単装砲10基、30口径5.7cm単装高角砲4基【廃止】、
47mm単装機関砲2基、45cm魚雷単装発射管2基、【60口径20mm単装
機銃10基、8mm単装機銃8基】
最大速力:16.0kt
航続距離:9ktで6,000浬
乗員定数:329名

同型艦名(1隻)
ニールス・ユール [Niels Juel]

海防戦艦 ニールス・ユールについて

 デンマーク海軍は沿岸防衛力の強化の一環として、1908年に発表した計画で新しい海防戦艦(デンマークでの類別は「装甲艦」や「軍艦」)を建造することとした。艦のデザインは「ペダー・スクラム」(「ヘルルフ・トロル」型)の改良型として行われており、当初の計画では30.5センチ単装砲2門と10.5センチ速射砲8門を主兵装とする強力な艦となる予定であった。ところが、建造着手が第一次大戦勃発と重なってしまい進水までに4年もかかり、戦争による影響から主砲の製作を独クルップ社に断られるなどしたため、1918年7月には工事が中断するに至った。同年11月に第一次大戦が終結したものの、戦争による財政の疲弊のため軍縮が望まれ、当艦も一時は廃艦を検討されたが、最終的には周辺諸国を刺激する攻撃的な大口径主砲を取りやめ、スウェーデン・ボフォース社製15センチ砲を搭載した砲術・航海練習艦として竣工させることになった。

 1923年にようやく竣工した当艦は、王室の諸国歴訪や士官候補生の訓練などに使用されていたが、1930年代に入って旧式化した「ヘルルフ・トロル」「オルフィアツ・フィッシャー」が退役するにあたって代艦建造の資金的余裕がないことから、当艦の近代化改修が行われ、兵装が強化されることになった。

 第二次大戦が勃発するとデンマークはドイツ軍による侵攻を受け、ドイツに占領されることになった。占領下での当艦は沿岸部での訓練任務に従事するのみであったが、1943年8月に独海軍がデンマーク軍艦の接収を行おうとすると反抗し最後は自沈して抵抗した。しかし、船体の自爆に失敗したため、艦はドイツ軍により浮揚され修理後は独海軍の砲術練習艦として終戦直前まで使用されている。終戦時にはエッカーンフェルデ・フィヨルドで大破自沈していたため1952年に解体処分となったが、搭載していた砲は1962年まで沿岸砲台で再利用されており、現在も博物館施設となったバングスボー要塞に展示されている。

海防戦艦 ニールス・ユールの歴史
ニールス・ユール [Niels Juel]
1914年 9月21日王立海軍造船所[Orlogsværftet]にて起工
1918年 7月 3日進水するが、直後に工事中断となる
1922年ボフォース社から主砲購入。艤装工事を再開
1923年 5月23日竣工
1923年後半〜国内(フェロー諸島)やベルゲン(ノルウェー)、ヨーテボリ(スウェーデン)、
リース(スコットランド)、南米などの歴訪航海を行う
1926年 6月デンマーク海軍旗艦に就任。フェロー諸島への王室行啓に使用される
1930年フェロー諸島およびアイスランドへの王室行啓に使用される
1931年士官候補生の練習航海としてオデッサ(ウクライナ)を訪問
1935年〜近代化改修工事を実施(完了は翌年)
1939年 9月〜(第二次大戦勃発。デンマークは中立を保つ)
1940年 4月 9日(ドイツのデンマーク侵攻開始。独軍へ降伏後、保護国として占領下に置かれる)
1940年後半〜行動が制限され、沿岸部のみでの訓練に従事
1943年 8月29日ドイツ軍のデンマーク軍艦接収(サファリ作戦)が開始される
当艦は抵抗のためホルベックを出港
       8月末スウェーデン海域へ逃れようとするが、独軍機の攻撃により大破
行動不能となったためイス・フィヨルドにて自沈(船体の自爆は失敗)
1944年ドイツ軍の手により浮揚・修理後、同年10月に独海軍へ編入
砲術練習艦となり、艦名を「ノルトラント」[Nordland]と改名
1945年 3月エッカーンフェルデ・フィヨルドにて連合軍機の攻撃を受け大破・自沈処分
1952年船体はスクラップとして売却。砲は要塞砲として転用される


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