バサースト型 (掃海)コルベット

"Bathurst" Class (Minesweep) Corvette

オーストラリア海軍 他 オーストラリア海軍 インド海軍 オランダ海軍 トルコ海軍 ニュージーランド海軍 人民軍海軍 インドネシア海軍


HMAS Fremantle
HMIS Bombay
(上段)HMAS「フリーマントル」(1943年)/(下段)HMIS「ボンベイ」(1942年)(どちらもPhoto from Wikipedia Commons)
スペックデータ
排水量:(基)650t ボイラー:Admiralty罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油124〜153t
全長:(全)56.7m
全幅:9.5m 主機:直立型往復動蒸気機関(3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:3.0m
出力:1,550〜2,000hp
武装:
40口径76mm単装砲1基、39口径40mm単装砲もしくは56口径40mm単
装砲1基、70口径20mm単装砲2基、爆雷最大40個搭載(投射機4、投下
軌条2)、掃海具搭載可能
(大戦中に主砲を45口径10.2cm単装砲1基へ換装した艦もある)
最大速力:15.0〜16.0kt
航続距離:不明
乗員定数:80〜90名

同型艦名(63隻:オーストラリア海軍56+インド海軍7(うちキャンセル3))
オーストラリア海軍向け(56隻)
アララト [Ararat]アーミデイル [Armidale]バララット [Ballarat]
バサースト [Bathurst]ベナラ [Benalla]ベンディゴ [Bendigo]
ボーエン [Bowen]ブルーム [Broome]バンバリー [Bunbury]
バンダバーグ [Bundaberg]バーニー [Burnie]ケアンズ [Cairns]
キャッスルメイン [Castlemaine]セスノック [Cessnock]コーラック [Colac]
クータマンドラ [Cootamundra]カウラ [Cowra]デロレーヌ [Deloraine]
ダボ [Dubbo]エチューカ [Echuca]フリーマントル [Fremantle]
ゴーラー [Gawler]ジーロング [Geelong]ジェラルトン [Geraldton]
グラッドストン [Gladstone]グレネルグ [Glenelg]ゴールバーン [Goulburn]
ギンピー [Gympie]ホーシャム [Horsham]インベレル [Inverell]
イプスウィッチ [Ipswich]ジューニー [Junee]カルグーリー [Kalgoorlie]
カパンダ [Kapunda]カトゥーンバ [Katoomba]キアーマ [Kiama]
ラトローブ [Latrobe]ローンセストン [Launceston]リズモー [Lismore]
リズゴー [Lithgow]メアリーバラ [Maryborough]ミルデューラ [Mildura]
パークス [Parkes]ピリー [Pirie]ロックハンプトン [Rockhampton]
シェパトン [Shepparton]ストーエル [Stawell]ストラーン [Strahan]
タムワース [Tamworth]トゥーンバ [Toowoomba]タウンズビル [Townsville]
ウォガ [Wagga]ウォラルー [Wallaroo]ウォーナンブール [Warrnambool]
ワイアラ [Whyalla]ウーロンゴン [Wollongong] 
インド海軍向け(7隻)
ベンガル [Bengal]ボンベイ [Bombay]マドラス [Madras]
パンジャーブ [Punjab]アッサム [Assam]ゴンドワナ [Gondwhana]
シンド [Sind]  

バサースト型(掃海)コルベットについて

 オーストラリア海軍は第二次大戦勃発前の1938年に新型掃海艇の建造を計画した。当時オーストラリア海軍で3隻の建造が予定されていた「バー」型港湾閉塞(防潜網敷設)艇(英海軍の「バー」型(参考:日本海軍敷設(特務)艇「第101号」)と同型)のうち「カンガルー」[Kangaroo]を新型艇のプロトタイプとして建造することにし、掃海だけでなく対潜作戦、哨戒任務、護衛任務など各種任務をこなせる汎用性を持たせた『地域防衛艇』[local defence vessel]として設計が行われている。
 比較的小型の長船首楼型船体に旧式なレシプロ機関が搭載されたため、最高速度は15ノット程度と振るわなかったが、兵装は多目的に使用できるよう12ポンド(7.6センチ)砲1門、2ポンド(40ミリ)速射砲1門、20ミリ対空機関砲2門のほか対潜爆雷を40個(護衛任務時には最大82個)を搭載した。また本来の目的である掃海任務用に曳航式の掃海具を装備することも可能であった。
 船体が小型のわりに多種多様な兵装を運用するため、乗員は80名から90名程度と多くなっており、船内の居住性は良くなかったと言われている。

 量産型の建造着手は第二次大戦勃発後となったため、50隻以上の艇が建造された。建造の発注はオーストラリア海軍によるものとイギリス海軍本部によるものがあったが、海軍本部発注の艇も全てオーストラリア海軍へ貸与されている。また、インド海軍向けにも4隻が建造されており、インド国内でも3隻の建造が予定されたが、これはキャンセルとなった。
 対日戦が勃発すると当クラスはティモールへの輸送任務などに従事している。南太平洋戦線が落ち着いてきた1943年になると何隻かの艇は地中海方面へ派遣され、シチリア侵攻の支援や船団護衛に従事した。1945年初頭に英海軍太平洋艦隊指揮下に入った十数隻は終戦時には日本の占領任務や掃海任務に従事した。なお、姉妹艦のうち3隻が大戦中に戦没しているが、実際の戦闘で没したのは1隻のみで、残り2隻は他船との衝突事故が原因であった。
 戦後、余剰となった艇はオランダやトルコなどの諸外国へ売却された(オランダ艇はさらにインドネシアへ売却)。中国(中華民国)の民間会社へ売却された「ベンディゴ」は、その後中国共産党に接収され、人民軍海軍の軍艦となっている。


注意!「この型は同型艦が多いため他のページとは年表の形が異なります。年月日は総て西暦表示です。」
造船所略号(※所在地の表示が無いものはオーストラリア所在)
 BHP = ブロークン・ヒル社 [Broken Hill Pty Company]  CID = クカトゥー造船 [Cockatoo Island Dockyard]
 EDC = エヴァンス・ディーキン社 [Evans Deakin & Company]  GRS = ガーデン・リーチ造船(インド) [Garden Reach Shipbuilders]
 MRT = モーツ・ドック社 [Mort's Dock]  PLS = プール&スティール社 [Poole & Steel]
 WAK = ウォーカー社 [Walkers Limited]  WND = ウィリアムズタウン海軍工廠 [Williamstown Naval Dockyard]
 NSW = ニューサウスウェールズ州立造船所 [State Dockyard, New South Wales]
国名略称(略称に続く「 」内は貸与等後の艦名)
人民軍海軍 = 中国 インドネシア海軍 = インドネシア オランダ海軍 = オランダ ニュージーランド海軍 = ニュージーランド
トルコ海軍 = トルコ イギリス海軍 = イギリス    
バサースト型(掃海)コルベットの歴史
艦番艦名造船所起工進水竣工戦歴など
K34アララト [Ararat]EDC'42.07.06'43.02.20'43.06.16'43.08月〜濠州周辺にて船団護衛や哨戒に従事。'44.08月〜米海軍指揮下で前線への輸送任務に従事。'45年米海軍指揮下を離れモルッカ諸島やボルネオ方面にて行動。'45.10月〜濠州周辺やパプアニューギニアにて掃海任務に従事。'47.04.11退役、保管船となる。'61.01.06売却。後にスクラップ
J240アーミデイル [Armidale]MRT'41.09.01'42.01.24'42.06.11'42.10月〜濠州周辺にて船団護衛に従事。
'42.12.01チモール海にて日軍機の攻撃を受け沈没
J184バララット [Ballarat]WND'40.04.19'40.12.10'41.08.30'41.12月〜濠州周辺にて護衛任務に従事。'42年〜シンガポールやジャワ海にて哨戒任務や兵員輸送に従事。'43.04月〜濠州東海岸にて対潜哨戒に従事。'44.08月〜パプアニューギニア方面にて兵員輸送に従事。'45.09月降伏文書調印時に東京湾へ随行、以降は香港などで掃海任務に従事。'46.09.27退役、予備役艦。'47.07.10民間船として売却、商船「カルメンシータ」[Carmencita]となる。'53年頃スクラップ(?)
J158バサースト [Bathurst]CID'40.02.10'40.08.01'40.12.06'41.03月〜コロンボへ進出、英東洋艦隊指揮下で護衛任務に従事。'42年〜インド洋などで哨戒任務に従事。'44.08月〜濠州へ帰還。以降は濠州周辺の哨戒に従事。'45.08月〜終戦後は香港にて掃海任務に従事。'46.09.27退役。'48.06.21スクラップとして売却
J323ベナラ [Benalla]WND'42.03.24'42.12.19'43.04.27'43.06月〜濠州周辺にて船団護衛に従事。'43.07月〜パプアニューギニア方面、南洋諸島、チモールなどで水路測量に従事(上陸作戦支援のための準備)。'45.11月〜終戦後も濠州北西方面で水路測量に従事。'46.01.28退役、予備役艦。'58.02.20スクラップとして売却
J187ベンディゴ [Bendigo]CID'40.08.12'41.03.01'41.05.10'41.11月〜シンガポールへ進出、英東洋艦隊指揮下で護衛任務に従事。'42.02月〜ジャワ方面からの兵員輸送(脱出)に従事。'42.04月〜濠州周辺にて哨戒任務や船団護衛に従事。'45.01月〜英太平洋艦隊指揮下となりフィリピン、沖縄攻略を支援。'45.08月〜終戦後は香港方面にて掃海任務に従事。'46.09.27退役。民間船として売却、商船「シャン・シン」(祥興?)[Cheung Hing]となる。後に人民軍海軍が接収、人民軍海軍「ルオ・ヤン」[洛陽(Luo Yang)]。'88年頃人民軍海軍退役
J285ボーエン [Bowen]WAK'42.02.09'42.06.11'42.11.09'43年〜濠州周辺やパプアニューギニア方面にて作戦に従事。'46.01.17退役、保管船。'56.05.18スクラップとして売却
J191ブルーム [Broome]EDC'41.05.03'41.10.06'42.07.29'42年後半〜南太平洋やニューギニア方面にて作戦に従事。'46.08.24退役、売却。トルコ海軍「アランヤ」[Alanya]。'75年頃トルコ海軍退役
J241バンバリー [Bunbury]EDC'41.11.01'42.05.16'43.01.03'43年〜南太平洋やニューギニア方面にて作戦に従事。'46.08.26退役、保管船。'61.01.06スクラップとして売却
J231バンダバーグ [Bundaberg]EDC'41.06.07'41.12.01'42.09.12'43年〜南太平洋やニューギニア方面にて作戦に従事。'46.03.26退役、保管船。'61.01.06スクラップとして売却
J198バーニー [Burnie]MRT'40.06.04'40.10.25'41.04.15'41.07月〜シンガポールへ進出、英東洋艦隊指揮下で護衛任務に従事。'42.02月〜ジャワ方面からの兵員輸送(脱出)に従事。以降は南太平洋にて護衛任務に従事。'45.01月〜英太平洋艦隊指揮下となりフィリピン、沖縄攻略を支援。'45.08月〜終戦後は香港方面にて掃海任務に従事。'46.07.05退役、売却。オランダ海軍「セラム」[Ceram]。'58年オランダ海軍退役
J183ケアンズ [Cairns]WAK'41.03.31'41.10.07'42.05.11'42.10月〜ケニアへ進出、英東洋艦隊指揮下で哨戒や護衛に従事。'43.06月〜地中海へ転戦、シチリア島攻略を支援。'43.10月インド洋へ帰還。'45.01月〜濠州へ帰還、英太平洋艦隊指揮下となりフィリピン、沖縄攻略を支援。'46.01.17退役、売却。オランダ海軍「アンボン」[Ambon]。'50.04.06譲渡、インドネシア海軍「バンテン」[Banten]。'68.04月インドネシア海軍退役
J244キャッスルメイン [Castlemaine]WND'41.02.17'41.08.07'42.06.17'42.08.11シドニー湾にてフェリーと衝突損傷。
'42.10月〜チモール方面にて兵員輸送に従事。'43年〜濠州周辺にて掃海および護衛に従事。'44.08月〜濠州周辺の水路測量に従事。'45.12.14退役、係留練習船となる。'73.09民間団体へ寄付され博物館船へ改装。現在もウィリアムズタウンにて公開中
J175セスノック [Cessnock]CID'41.04.16'41.10.17'42.01.26'42年〜濠州周辺やニューギニア方面で護衛や哨戒に従事。'42.11月〜ケニアへ進出、英東洋艦隊指揮下で哨戒や護衛に従事。'43.06月〜地中海へ転戦、シチリア島攻略を支援。'43.10月インド洋へ帰還。'45.01月〜濠州へ帰還、英太平洋艦隊指揮下となりフィリピン、沖縄攻略を支援。'46.07.12退役。翌年売却処分
J242コーラック [Colac]MRT'41.04.18'41.08.30'42.01.06'42年〜濠州周辺やニューギニア方面で護衛や哨戒に従事。'44.04月〜ウェワク方面等にて対地砲撃支援を実施。'45.05.26ソロモン諸島にて日本軍海岸砲台の砲撃を受け損傷。シドニーで修理中に終戦。'45.11.27退役、予備役艦となる。'51.02.20再就役、練習艦となる。'53.01.30退役、予備役艦となる。'62年タンク清掃船[tank cleaning vessel]に改修され'83.09.30まで清掃船として使用される。'87.03.04シドニー南東沖にて実艦標的として使用され沈没
J316クータマンドラ [Cootamundra]PLS'42.02.26'42.12.03'43.04.30'43.06月〜濠州周辺にて護衛任務に従事。'44.05月〜ニューギニア方面にて護衛や哨戒に従事。'45.08月〜終戦後は兵員輸送に従事。'45.11.26退役、予備役艦。'51.12.12再就役、練習艦となる。'57年漁業監視任務に従事。'59.06.08退役。'62.03.28スクラップとして売却
J351カウラ [Cowra]PLS'42.08.12'43.05.27'43.10.08'43.11月〜濠州周辺やニューギニア方面にて哨戒や護衛に従事。'45.08月〜終戦後は濠州周辺やソロモン諸島などで掃海に従事。'46.12.02退役、予備役艦となる。'51.02.20再就役、練習艦となる。'53.06.26退役。'61.01月スクラップとして売却
J232デロレーヌ [Deloraine]MRT'41.03.19'41.07.26'41.11.22'42年〜濠州周辺にて哨戒や護衛に従事。'42.01.20ティモール海にて日潜「イ-124」を撃沈(共同)。'44.05月〜ニューギニア方面にて護衛や兵員輸送に従事。'45.09月〜終戦後は復員兵輸送に従事。'45.11.04退役、予備役艦となる。'45.12.16再就役、練習艦となる。'48.06.30退役、保管船。'56.08.08スクラップとして売却
J251ダボ [Dubbo]MRT'41.10.13'42.03.07'42.07.31'42年後半〜濠州周辺にて護衛任務に従事。'45.03月〜ニューギニア方面にて陸上部隊支援に従事。'45.08月〜終戦後は濠州周辺の掃海に従事。その後は練習艦となる。'57.02.07退役。'58.06月スクラップとして売却
J252エチューカ [Echuca]WND'41.02.22'42.01.17'42.09.07'42.10月〜米海軍指揮下で水路測量に従事。'44.09月〜米海軍指揮下を離れニューギニア方面などの掃海に従事。'46.08月退役、予備役艦となる。'47.01月再就役、掃海任務に従事。'48.06.28退役。'52.03.05売却、ニュージーランド海軍「エチューカ」。'53年予備役艦となる。'67.04.11ニュージーランド海軍退役、スクラップとして売却
J246フリーマントル [Fremantle]EDC'42.02.11'42.08.18'43.03.24'43.04月〜濠州周辺にて護衛任務に従事。'43.09月〜ニューギニア方面にて哨戒任務に従事。'45.08月〜終戦後は香港方面にて掃海に従事。'46.01.25退役、予備役艦となる。'52.12.10再就役、練習艦となる。'59.06.22退役。'61.01.06スクラップとして売却
J188ゴーラー [Gawler]BHP'41.01.24'41.10.04'42.08.14'42.09月〜濠州周辺にて哨戒任務に従事。'43年〜コロンボへ進出、英東洋艦隊指揮下で哨戒や護衛に従事。'43.06月〜地中海へ転戦、シチリア島攻略を支援。'43.10月インド洋へ帰還。'45.01月〜濠州へ帰還、英太平洋艦隊指揮下となりフィリピン、沖縄攻略を支援。'45.09月〜終戦後は香港にて掃海任務に従事。'46.04.05退役、売却。トルコ海軍「アイワルク」[Ayvalik]。'63年トルコ海軍退役
J201ジーロング [Geelong]WND'40.10.16'41.04.22'42.01.16'42.02月〜濠州周辺などで哨戒および掃海に従事。'44.03月〜濠州周辺やニューギニア方面にて護衛や哨戒に従事。'44.10.18ソロモン海にて米タンカーと衝突、沈没
J178ジェラルトン [Geraldton]PLS'40.11.20'41.08.16'42.04.06'42.05月〜濠州周辺にて哨戒任務に従事。'42.08月〜コロンボへ進出、英東洋艦隊指揮下で護衛任務に従事。'43.05月〜地中海へ転戦、シチリア島攻略を支援。'43.10月インド洋へ帰還。'45.01月〜濠州へ帰還、英太平洋艦隊指揮下となりフィリピン、沖縄攻略を支援。'46.06.14退役、売却。トルコ海軍「アンタルヤ」[Antalya]。'75年トルコ海軍退役
J324グラッドストン [Gladstone]WAK'42.08.04'42.11.26'43.03.22'43.04月〜濠州周辺やニューギニア方面にて護衛任務に従事。'45.01月〜セレベス海にて哨戒任務に従事。'45.08月〜終戦後はチモールの再占領任務や復員兵輸送に従事。'46.02.23練習艦へ類別変更。'56.07.16退役、売却処分
J236グレネルグ [Glenelg]CID'42.03.02'42.09.25'42.11.16'43.05月〜濠州周辺やニューギニア方面にて護衛任務に従事。'44年〜ニューギニア方面にて対潜哨戒に従事。'46.01.14退役、予備役艦となる。'57.05.02スクラップとして売却
J167ゴールバーン [Goulburn]CID'40.07.10'40.11.16'41.02.28'41.04月〜濠州周辺にて掃海に従事。'41.06月〜シンガポールへ進出、英東洋艦隊指揮下で護衛任務に従事。'42.02月〜ジャワ方面からの兵員輸送(脱出)に従事。以降はニューギニア方面にて護衛任務に従事。'45.09月〜終戦後は香港方面にて掃海に従事。'46.09.27退役、売却処分
J238ギンピー [Gympie]EDC'41.08.27'42.01.30'42.11.04'42.11月〜濠州周辺やニューギニア方面にて護衛や哨戒任務に従事。'44.02月〜ニューギニア方面にて対潜哨戒に従事。'45.09月〜終戦後は濠州周辺で調査任務に従事。'45.11月商船と衝突し軽微な損傷を負う。'46.05.23退役、予備役艦となる。'61.01.06スクラップとして売却
J235ホーシャム [Horsham]WND'41.06.26'42.05.16'42.11.18'43.01月〜濠州周辺にて対潜哨戒に従事。'44.09月〜濠州周辺にて調査任務に従事。'45.09月チモールの再占領任務に従事。'45.12.17退役、予備役艦となる。'56.08.08スクラップとして売却
J233インベレル [Inverell]MRT'41.12.07'42.05.02'42.09.17'42.11月〜濠州周辺にて護衛任務に従事。'44.09月〜濠州周辺にて対潜訓練に従事。'45.05月〜モロタイ島などで掃海に従事。'45.09月終戦後は蘭領東インドなどの警備に従事。'46.06.14退役、予備役艦となる。'52.03.05売却、ニュージーランド海軍「インベレル」。'52年末退役、予備役艦となる。'65.08.15再就役、漁業監視に従事。'76.08.19ニュージーランド海軍退役、後にスクラップ
J186イプスウィッチ [Ipswich]EDC'41.03.06'41.08.11'42.06.13'42.07月〜濠州周辺にて護衛任務に従事。'42.11月〜インド洋へ進出、英東洋艦隊指揮下で哨戒や護衛に従事。'43.06月〜地中海へ転戦、シチリア島攻略を支援。'43.10月インド洋へ帰還。'44.02.12ベンガル湾にて日潜「ロ-110」を撃沈(共同)。'45.01月〜濠州へ帰還、英太平洋艦隊指揮下となりフィリピン、沖縄攻略を支援。'46.07.05退役、売却。オランダ海軍「モロタイ」[Morotai]。'49年譲渡、インドネシア海軍「ハン・トゥア」[Hang Tuah]。'58.04.28反政府ゲリラ(背後には米CIAが暗躍していた)による航空攻撃を受け沈没
J362ジューニー [Junee]PLS'43.02.17'43.11.16'44.04.11'44年後半〜濠州周辺などで対潜哨戒に従事。'45.04月〜ニューギニア方面にて護衛任務に従事。'45.09月〜終戦後は蘭領東インドなどで復員兵輸送に従事。'46.01.21退役、予備役艦となる。'53.02.25再就役、練習艦となる。'57.08.21退役。後にスクラップとして売却
J192カルグーリー [Kalgoorlie]BHP'40.07.27'41.08.07'42.04.07'42.08月〜濠州周辺やチモール方面にて護衛任務に従事。'44年後半〜英太平洋艦隊指揮下となりフィリピン、沖縄攻略を支援。'46.05.08退役、売却。オランダ海軍「テルナテ」[Ternate]。'58年オランダ海軍退役
J218カパンダ [Kapunda]PLS'41.08.27'42.06.23'42.10.21'42年末〜濠州周辺やニューギニア方面にて護衛任務に従事。'44.04月〜ニューギニア方面にて護衛や哨戒に従事。'45.08月終戦時クチン(ボルネオ島)にて現地日本軍の降伏調印を当艦上にて行う。'46.01.14退役、予備役艦となる。'61.01.06スクラップとして売却
J204カトゥーンバ [Katoomba]PLS'40.09.09'41.04.16'41.12.17'42年〜濠州周辺にて哨戒任務に従事。'42.01.20ティモール海にて日潜「イ-124」を撃沈(共同)。'42.07月〜ニューギニア方面にて護衛任務に従事。'45.08月〜終戦後はニューギニア周辺にて掃海に従事。'46.10月〜濠州周辺にて掃海に従事。'48.08.02退役、予備役艦となる。'57.05.02スクラップとして売却
J353キアーマ [Kiama]EDC'42.11.02'43.07.03'44.01.26'44.03月〜ニューギニア方面にて護衛や哨戒、兵員輸送などに従事。'45.08月終戦時ラバウルにて再占領任務に従事。'45.11月ニューギニアから日本へ向け復員兵輸送を行う旧軽巡「鹿島」の護衛を行う。'46.04.03退役、予備役艦となる。'52.03.05売却、ニュージーランド海軍「キアーマ」。'52年末退役、予備役練習艦となる。'64年再就役、漁業保護に従事。'76.08.19退役。'79年スクラップ
J234ラトローブ [Latrobe]MRT'42.01.27'42.06.19'42.11.06'43年〜濠州周辺やニューギニア方面にて護衛任務に従事。'44.06月〜ニューギニア方面にて対潜哨戒に従事。'45.08月〜終戦後は復員兵輸送に従事。'46年練習艦へ類別変更。'53.03.13退役、予備役艦となる。'56.05.18スクラップとして売却
J179ローンセストン [Launceston]EDC'40.12.23'41.06.30'42.04.09'42.09月〜コロンボへ進出、英東洋艦隊指揮下で哨戒や護衛に従事。'44.09月濠州へ帰還、対潜哨戒に従事。'45.01月〜英太平洋艦隊指揮下となりフィリピン、沖縄攻略を支援。'45.08月〜終戦後は香港方面にて掃海に従事。'46.03.23退役、売却。トルコ海軍「アヤンジュク」[Ayancık]。後に艦名を「ハミト・ナジ」[Hamit Naci]と改名。'65年トルコ海軍退役
J145リズモー [Lismore]MRT'40.02.26'40.08.10'41.01.24'41.12月〜英東洋艦隊指揮下で哨戒や護衛に従事。'43.06月〜地中海へ転戦。'44.12月濠州へ帰還、英太平洋艦隊指揮下となりフィリピン、沖縄攻略を支援。'46.07.03退役、売却。オランダ海軍「バチャン」[Batjan]。'58年オランダ海軍退役
J206リズゴー [Lithgow]MRT'40.08.19'40.12.21'41.06.14'42年〜濠州周辺やニューギニア方面にて哨戒や護衛に従事。'42.01.20ティモール海にて日潜「イ-124」を撃沈(共同)。'48.06.08退役、予備役艦となる。'56.08.08スクラップとして売却
J195メアリーバラ [Maryborough]WAK'40.04.16'40.10.17'41.06.12'41.11月〜シンガポールへ進出、東洋艦隊指揮下で護衛任務に従事。'42.02月〜ジャワ方面からの兵員輸送(脱出)に従事。以降はインド洋にて護衛任務に従事。'45.12退役、保管船となる。'47.05.09売却処分
J207ミルデューラ [Mildura]MRT'40.09.23'41.03.15'41.07.23'41年後半〜濠州周辺にて護衛や哨戒に従事。'45.03月〜インドネシア方面にて護衛任務に従事。'45.08月終戦後は香港方面にて掃海に従事。'46.03月〜濠州周辺などで掃海に従事。'48.05.21退役、予備役艦となる。'51.02.20再就役、練習艦となる。'53.09.11退役、係留練習船となる。'65.09.08スクラップとして売却
J361パークス [Parkes]EDC'43.03.16'43.10.30'44.05.25'44年〜濠州周辺やニューギニア方面にて護衛や哨戒に従事。'45.12.17退役、保管船となる。'57.05.02売却処分
J189ピリー [Pirie]BHP'41.05.19'41.12.03'42.10.10'43年〜パプアニューギニア方面にて護衛任務に従事。
'43.04.11ソロモン海にて日軍機の攻撃を受け損傷。'43.05月乗員のサボタージュ事件発生。'44年〜濠州周辺にて掃海に従事。'44.11月〜英太平洋艦隊指揮下にて掃海や護衛任務に従事。'45.09月降伏文書調印時に東京湾へ随行。'46.04.05退役、移管、イギリス海軍「ピリー」。'46.05.21売却、トルコ海軍「アマスラ」[Amasra]。'84.03.26トルコ海軍退役
J203ロックハンプトン [Rockhampton]WAK'40.11.06'41.06.26'42.01.21'42年〜濠州周辺やニューギニア方面にて護衛任務に従事。'45.08月〜終戦後は復員兵輸送に従事。'45.10月〜濠州周辺の掃海に従事。'45.12月〜南オーストラリア州沖の調査任務に従事。'46.08.05退役、保管船となる。'61.01.06売却処分
J248シェパトン [Shepparton]WND'41.11.14'42.08.15'43.02.01'43.04月〜ニューギニア方面にて調査任務に従事。'46.05.10退役、保管船となる。'58.02.20売却処分
J348ストーエル [Stawell]WND'42.06.18'43.04.03'43.08.07'43年後半〜濠州周辺やニューギニア方面にて護衛任務に従事。'45.08月終戦後は香港方面にて掃海に従事。'46.03.26退役、予備役艦となる。'52.03.05売却、ニュージーランド海軍「ストーエル」。'59年頃退役、予備役艦となる。'68年スクラップとして売却
J363ストラーン [Strahan]NSW'42.10.09'43.07.12'44.03.14'44.05月〜ニューギニア方面にて護衛や対潜哨戒に従事。'45.08月〜終戦後は香港方面にて掃海に従事。'46.01.25退役、保管船となる。'61.01.06スクラップとして売却
J181タムワース [Tamworth]WAK'41.08.25'42.03.14'42.08.08'42年後半〜濠州周辺にて護衛任務に従事。'43.02月〜インド洋へ進出、東洋艦隊指揮下で護衛任務に従事。'45.01月濠州へ帰還、英太平洋艦隊指揮下となり南太平洋などで行動。'45.09月終戦後は練習艦として任務に従事。'46.04.30退役、売却、オランダ海軍「ティドレ」[Tidore]。'49.12月売却、インドネシア海軍「パティ・ウヌス」[Pati Unus]。'69年インドネシア海軍退役
J157トゥーンバ [Toowoomba]WAK'40.08.06'41.03.26'41.10.09'42年〜シンガポールへ進出、東洋艦隊指揮下で護衛任務に従事。'42.02月〜ジャワ方面からの兵員輸送(脱出)に従事。以降はインド洋にて護衛任務に従事。'44.11月〜英太平洋艦隊指揮下となり南太平洋などで行動。'46.07.05退役、売却、オランダ海軍「ボエロエ」[Boeroe]。'58年オランダ海軍退役
J205タウンズビル [Townsville]EDC'40.11.16'41.05.13'41.12.19'42年〜濠州周辺やニューギニア方面にて護衛任務に従事。'44.11月〜濠州周辺にて掃海に従事。'46.08.05退役、保管船となる。'56.08.08スクラップとして売却
J315ウォガ [Wagga]MRT'42.03.08'42.07.25'42.12.18'43年〜濠州周辺やニューギニア方面にて護衛任務に従事。'45.08月〜終戦後は香港方面にて掃海に従事。'45.11.28退役、予備役艦となる。'51.12.12再就役、練習艦となる。'54年〜海洋調査に従事。'60.10.28退役、'62年スクラップとして売却
J222ウォラルー [Wallaroo]PLS'41.04.24'42.02.18'42.07.15'42.09月〜濠州周辺にて対潜哨戒や護衛に従事。'43.06.11濠州西岸にて米輸送船「ヘンリー・ギルバート・コスティン」[Henry Gilbert Costin]と衝突、沈没
J202ウォーナンブール [Warrnambool]MRT'40.11.13'41.05.08'41.09.23'41年末〜濠州周辺にて護衛や対潜哨戒に従事。'42年〜ニューギニア方面にて兵員輸送などに従事。'45.09月〜終戦後は濠州周辺やニューギニア方面にて掃海に従事。'47.09.13クイーンズランド州沖にて触雷、沈没
J153ワイアラ [Whyalla]BHP'40.07.24'41.05.12'42.01.08'42年〜濠州周辺やニューギニア方面にて護衛任務などに従事。'44.12月〜英太平洋艦隊指揮下となりフィリピン、沖縄攻略を支援。'47.02.10退役、民間へ売却。灯台保守船として使用される。'84年ワイアラ市が購入、博物館船へ改修され'88.10.29から公開中
J172ウーロンゴン [Wollongong]CID'41.01.29'41.07.05'41.10.23'42年〜シンガポールへ進出、東洋艦隊指揮下で護衛任務に従事。'42.02月〜ジャワ方面からの兵員輸送(脱出)に従事。以降はインド洋にて護衛任務に従事。'43.09月〜地中海へ転戦、シチリア攻略を支援。'43.09.12モロッコ沿岸にて独潜「U-617」を砲撃破壊(共同)。'45.02月濠州へ帰還、英太平洋艦隊指揮下となり沖縄攻略を支援。'46.02.11退役、売却、オランダ海軍「バンダ」[Banda]。'50.04月売却、インドネシア海軍「ラジャワリ」[Radjawali]。'68年インドネシア海軍退役
J243ベンガル [Bengal]CID'41.12.03'42.05.28'42.08.08'42年後半〜インド洋にて護衛任務に従事。'42.11.11ココス諸島沖にて日仮装巡と交戦、日仮装巡「報国丸」を撃退するも当艦も損傷を負う。'60年頃退役
J249ボンベイ [Bombay]MRT'41.07.19'41.12.06'42.04.24'42.09月〜インド洋にて護衛任務に従事。'45.01月〜ビルマ侵攻(ドラキュラ作戦)を支援。'60年頃退役
J237マドラス [Madras]CID'41.08.04'42.02.17'42.05.12'42年後半〜インド洋にて護衛任務に従事。'60年頃退役
J239パンジャーブ [Punjab]MRT'41.05.26'41.10.10'42.03.20'42年後半〜インド洋にて護衛任務に従事。'45.07月マラヤ上陸を支援。'49年頃退役
 アッサム [Assam]GRSで建造予定だったがキャンセル
 ゴンドワナ [Gondwhana]GRSで建造予定だったがキャンセル
 シンド [Sind]GRSで建造予定だったがキャンセル


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