ジュゼッペ・ラ・マーサ型 水雷艇

"Giuseppe La Masa" Class Torpedo Boats
Torpediniere Classe "Giuseppe La Masa"


イタリア王国海軍


Angelo Bassini
スペックデータ
排水量:(公)840t ボイラー:Thornycroft罐・重油専焼×4基 燃料搭載量:重油190t
全長:(全)73.54m
全幅:7.32m 主機:Tosi式直結型タービン×2基、2軸推進
吃水:3.0m
出力:15,500hp
武装:
45口径10.2cm単装砲4基、45口径7.6cm単装砲2基、
45cm魚雷連装発射管2基、(一部艦には爆雷(投下軌条2)を装備)
最大速力:30.0kt
航続距離:15ktで1,700浬
乗員定数:100名前後

同型艦名(8隻(うち1隻は1918年除籍))
アンジェロ・バッシーニ
[Angelo Bassini]
エンリコ・コセンツ
[Enrico Cosenz]
ジャコモ・メディチ
[Giacomo Medici]
ジャコント・カリーニ
[Giacont Carini]
ジュゼッペ・ラ・ファリーナ
[Giuseppe La Farina]
ジュゼッペ・ラ・マーサ
[Giuseppe La Masa]
ニコラ・ファブリッツィ
[Nicola Fabrizi]
(ベネデット・カイローリ)
([Benedetto Cairoli])
 

ジュゼッペ・ラ・マーサ型水雷艇について
 第一次大戦中に計画建造された戦時急造型の駆逐艦。姉妹艦8隻のうち戦没した1隻を除いた7隻が 1929年に水雷艇へ類別変更され、第二次大戦にも参加した。
 4基のボイラーを搭載しているため煙突は3本(中央の煙突はボイラー2基分)となっており、この 特徴から「3本筒」(Three Pipes)とも呼ばれるイタリア旧式駆逐艦の流れを汲むもので、艦前部には1 0.2センチ単装砲を2基並列配置している。
 第二次大戦では地中海やアドリア海などで護衛任務や哨戒任務に従事しており、7隻中5隻が戦没し たが、生き残った2隻は戦後もイタリア海軍に所属し、1950年代まで現役として活躍した。

ジュゼッペ・ラ・マーサ型水雷艇の歴史
アンジェロ・バッシーニ[Angelo Bassini]
1916年10月 2日オデロ造船所(Cantieri Odero)にて起工
1918年 3月28日進水
      5月 1日竣工
1929年水雷艇へ類別変更
1940年イタリア参戦のため戦争状態となる
1943年 5月28日リヴォルノにて米軍機の爆撃を受け大破着底
エンリコ・コセンツ[Enrico Cosenz]
1917年12月23日オデロ造船所にて起工
当初艦名は「アゴスティーノ・ベルターニ」[Agostino Bertani]
1919年 6月 6日進水
      6月13日竣工
1921年艦名を「エンリコ・コセンツ」と改名
1929年水雷艇へ類別変更
1940年イタリア参戦のため戦争状態となる
1943年 9月27日アドリア海にて独軍機の攻撃を受け大破、
ラゴスタ島(ユーゴスラビア)近海にて沈没
ジャコモ・メディチ[Giacomo Medici]
1916年10月 2日オデロ造船所にて起工
1918年 9月 6日進水
      9月13日竣工
1929年水雷艇へ類別変更
1940年イタリア参戦のため戦争状態となる
1943年 4月16日カタニナ(シチリア島)にて米軍機の爆撃を受け沈没
ジャコント・カリーニ[Giacont Carini]
1916年 9月 1日オデロ造船所にて起工
1917年11月 7日進水
     11月30日竣工
1929年水雷艇へ類別変更
1940年イタリア参戦のため戦争状態となる
1943年休戦後は連合軍指揮下にて行動
1953年沿岸掃海艇へ類別変更
1958年除籍
ジュゼッペ・ラ・ファリーナ[Giuseppe La Farina]
1917年12月29日オデロ造船所にて起工
1919年 3月12日進水
      3月19日竣工
1929年水雷艇へ類別変更
1940年イタリア参戦のため戦争状態となる
1941年 5月 4日ケルケナ諸島(現チュニジア)沖にて触雷沈没
ジュゼッペ・ラ・マーサ[Giuseppe La Masa]
1916年 9月 1日オデロ造船所にて起工
1917年 9月 6日進水
      9月28日竣工
1929年水雷艇へ類別変更
1940年イタリア参戦のため戦争状態となる
1943年 9月11日ナポリにて自沈
ニコラ・ファブリッツィ[Nicola Fabrizi]
1916年 9月 1日オデロ造船所にて起工
1918年 7月 8日進水
      7月12日竣工
1929年水雷艇へ類別変更
1940年イタリア参戦のため戦争状態となる
1943年休戦後は連合軍指揮下にて行動
1952年沿岸掃海艇へ類別変更
1957年除籍
(ベネデット・カイローリ[Benedetto Cairoli])
1916年オデロ造船所にて起工
1917年12月28日進水
1918年 1月竣工
      4月10日イオニア海にて姉妹艦「ジャコント・カリーニ」と衝突沈没
(4月18日説もある)


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