RD58型 (曳船)掃海艇

"RD58" Class (Tug) Minesweeper
Rimorchiatori Dragamine Classe "RD58"


オーストリア・ハンガリー海軍→イタリア王国海軍 他 オーストリア・ハンガリー海軍 イタリア海軍 ユーゴスラビア海軍 ドイツ海軍 クロアチア独立国


RD60
Malinska
(上段)掃海艇「RD60」/(下段)ユーゴスラビア掃海艇「マリンスカ」(どちらも撮影時期不詳)
スペックデータ(【 】内は旧ユーゴスラビア艇のデータ)
排水量:(基)128t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×1基
      【Yarrow罐・石炭専焼×1基】
燃料搭載量:重油4t
        【石炭(搭載量不明)】
全長:(全)31.8m
   【(全)30.1m】
全幅:6.5m【6.7m】 主機:直立型往復動蒸気機関(3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:1.7m
出力:280hp
武装:
40口径76mm単装砲1基【40口径47mm単装砲1基】、
機雷20〜34個搭載可能、掃海具搭載(機雷と掃海具は排他搭載)
(第二次大戦時に70口径20mm単装機関砲6基を追加搭載)
最大速力:11.0kt
航続距離:不明
乗員定数:27名

同型艦名(3隻+5隻)
RD58 [RD58]
(アルボナ [Albona])
RD59 [RD59]
(ラウラーナ [Laurana])
RD60 [RD60]
(ロヴィニョ [Rovigno])
以下の5隻は旧ユーゴスラビア艇
ウグリアーノ [Ugliano]パスマン [Pasman]アルベ [Arbe]
ソルタ [Solta]メレダ [Meleda] 

RD58型掃海艇について

 元は第一次大戦時にオーストリア・ハンガリー海軍が量産を計画した河川・沿岸向けの小型敷設艇兼掃海艇「MT130」型で、全部で14隻が建造に着手したが、第一次大戦終結までに竣工できた艇は無かった。
戦後、イタリアは建造中だった艇のうち進水済みだった3隻を買収し、艤装を継続させて1921年にイタリア海軍へ編入した。また船台上にあった5隻をユーゴスラビアが購入し、1931年にユーゴスラビア海軍向けに竣工させている。

 第二次大戦の最中の1941年4月に枢軸軍はユーゴスラビアへ侵攻すると、ユーゴスラビア海軍所属の5隻はドイツ軍が接収しイタリアへ譲渡された。イタリア海軍では同型艇とあわせて掃海や機雷敷設、哨戒などに使用している。
 イタリアが降伏した後は全艇がドイツ軍に接収されており、一部の艇はドイツからクロアチアへ供与されている。終戦時に生き残っていた旧ユーゴスラビア艇は、戦後ユーゴスラビアへ返還され、1970年頃まで使用された。


RD58型掃海艇の歴史
RD58 [RD58]
1917年10月ダヌビアス社[Danubius]にてオーストリア・ハンガリー艇「MT130」として起工
1918年 7月20日進水
1918年末オーストリア・ハンガリー帝国崩壊により建造中止となる
1919年イタリアが購入し艤装工事を継続
1920年 1月イタリア艇「RD58」として竣工
1921年イタリア海軍へ就役。艇名を「アルボナ」と改名
1940年イタリア参戦のため第二次大戦に参加
1943年 9月10日イタリア降伏のためシロス島にて独軍に接収される
(以降の経歴不詳)
RD59 [RD59]
1917年10月ダヌビアス社にてオーストリア・ハンガリー艇「MT131」として起工
1918年 8月24日進水
1918年末オーストリア・ハンガリー帝国崩壊により建造中止となる
1919年イタリアが購入し艤装工事を継続
1920年 2月イタリア艇「RD59」として竣工
1921年イタリア海軍へ就役。艇名を「ラウラーナ」と改名
1940年イタリア参戦のため第二次大戦に参加
1943年 9月10日イタリア降伏のためヴェニスにて独軍に接収される
(以降の経歴不詳)
RD60 [RD60]
1917年11月ダヌビアス社にてオーストリア・ハンガリー艇「MT132」として起工
1918年 9月28日進水
1918年末オーストリア・ハンガリー帝国崩壊により建造中止となる
1919年イタリアが購入し艤装工事を継続
1920年 7月イタリア艇「RD60」として竣工
1921年イタリア海軍へ就役。艇名を「ロヴィニョ」と改名
1940年イタリア参戦のため第二次大戦に参加
1943年 9月10日イタリア降伏のためシロス島にて独軍に接収される
(以降の経歴不詳)
ウグリアーノ [Ugliano]
1917年11月ダヌビアス社にてオーストリア・ハンガリー艇「MT133」として起工
1918年末オーストリア・ハンガリー帝国崩壊により建造中止となる
1920年代ユーゴスラビアが買収
ユーゴスラビアのヤドランスカ造船所[Jadranska Brodogradilište]へ回航し建造を継続
1931年ユーゴスラビア海軍「マルジャン」[Марјан (Marjan)]として竣工
1941年 4月17日コトル湾にて独軍に接収される。後にイタリアへ譲渡
1941年後半イタリア海軍へ編入。艇名を「ウグリアーノ」と改名
1943年 9月イタリア降伏。独軍に接収されず放置となる
1944年 2月16日イタリア政府からユーゴスラビアへ返還。艇名を「マルジャン」へ戻す
1945年艇名を「M2」と改名。後に艇名を「M202」や「M32」と改名
1978年ユーゴスラビア海軍退役
パスマン [Pasman]
1917年12月ダヌビアス社にてオーストリア・ハンガリー艇「MT134」として起工
1918年末オーストリア・ハンガリー帝国崩壊により建造中止となる
1920年代ユーゴスラビアが買収
ユーゴスラビアのヤドランスカ造船所へ回航し建造を継続
1931年ユーゴスラビア海軍「モソル」[Мосор (Mosor)]として竣工
1941年 4月17日コトル湾にて独軍に接収される。後にイタリアへ譲渡
1941年後半イタリア海軍へ編入。艇名を「パスマン」と改名
1943年 9月イタリア降伏に伴い独軍に接収される
1943年後半クロアチア独立国へ供与
1943年12月31日座礁し行動不能となる
1944年 1月 5日座礁したままユーゴスラビアゲリラの艇に攻撃され破壊
アルベ [Arbe]
1917年12月ダヌビアス社にてオーストリア・ハンガリー艇「MT135」として起工
1918年末オーストリア・ハンガリー帝国崩壊により建造中止となる
1920年代ユーゴスラビアが買収
ユーゴスラビアのヤドランスカ造船所へ回航し建造を継続
1931年ユーゴスラビア海軍「マリンスカ」[Малинска (Malinska)]として竣工
1941年 4月17日コトル湾にて独軍に接収される。後にイタリアへ譲渡
1941年後半イタリア海軍へ編入。艇名を「アルベ」と改名
1943年 9月イタリア降伏に伴い独軍に接収されるも損傷が大きかったため放棄
ソルタ [Solta]
1917年12月ダヌビアス社にてオーストリア・ハンガリー艇「MT136」として起工
1918年末オーストリア・ハンガリー帝国崩壊により建造中止となる
1920年代ユーゴスラビアが買収
ユーゴスラビアのヤドランスカ造船所へ回航し建造を継続
1931年ユーゴスラビア海軍「メルジン」[Мељине (Meljine)]として竣工
1941年 4月17日コトル湾にて独軍に接収される。後にイタリアへ譲渡
1941年後半イタリア海軍へ編入。艇名を「ソルタ」と改名
1943年 9月イタリア降伏。独軍に接収されず放置となる
1943年12月 7日イタリア政府からユーゴスラビアへ返還。艇名を「メルジン」へ戻す
1945年艇名を「M1」と改名。後に艇名を「M201」や「M31」と改名
1968年ユーゴスラビア海軍退役
メレダ [Meleda]
1918年 2月ダヌビアス社にてオーストリア・ハンガリー艇「MT137」として起工
1918年末オーストリア・ハンガリー帝国崩壊により建造中止となる
1920年代ユーゴスラビアが買収
ユーゴスラビアのヤドランスカ造船所へ回航し建造を継続
1931年ユーゴスラビア海軍「ムリェト」[Мљет (Mljet)]として竣工
1941年 4月17日コトル湾にて独軍に接収される。後にイタリアへ譲渡
1941年後半イタリア海軍へ編入。艇名を「メレダ」と改名
1943年 9月イタリア降伏。独軍に接収されず放置となる
1943年12月 7日イタリア政府からユーゴスラビアへ返還。艇名を「ムリェト」へ戻す
1945年艇名を「M3」と改名。後に艇名を「M203」や「M33」と改名
1968年ユーゴスラビア海軍退役


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