RD1型(RD型) (曳船)掃海艇

"RD1"(RD) Class (Tug) Minesweeper
Rimorchiatori Dragamine Classe "RD1"(RD)


イタリア王国海軍 他 イタリア海軍 ドイツ海軍 ユーゴスラビア海軍


RD7
RD25
RD37
(上段)掃海艇「RD7」/(中段)「RD25」/(下段)「RD37」(どれも撮影時期不詳)
スペックデータ(スペックは建造所によって差がある)
排水量:(基)196〜302t ボイラー:(形式不詳)罐・石炭専焼×1基 燃料搭載量:石炭(搭載量不明)
全長:(全)35.3〜38.0m
全幅:5.8〜7.2m 主機:直立型往復動蒸気機関(3段膨張式)×1基、1軸推進
吃水:1.9〜2.5m
出力:800〜1,150hp
武装:
40口径76mm単装砲1基、6.5mm単装機銃2基、
掃海具搭載
最大速力:10.0〜14.0kt
航続距離:600〜760浬
乗員定数:22名

同型艦名(57隻:うち第二次大戦に参加した38隻のみ掲載)
RD4 [RD4]RD6 [RD6]RD7 [RD7]RD9 [RD9]RD12 [RD12]
RD13 [RD13]RD16 [RD16]RD17 [RD17]RD18 [RD18]RD20 [RD20]
RD21 [RD21]RD22 [RD22]RD23 [RD23]RD24 [RD24]RD25 [RD25]
RD26 [RD26]RD27 [RD27]RD28 [RD28]RD29 [RD29]RD30 [RD30]
RD31 [RD31]RD32 [RD32]RD33 [RD33]RD34 [RD34]RD35 [RD35]
RD36 [RD36]RD37 [RD37]RD38 [RD38]RD39 [RD39]RD40 [RD40]
RD41 [RD41]RD42 [RD42]RD43 [RD43]RD44 [RD44]RD49 [RD49]
RD55 [RD55]RD56 [RD56]RD57 [RD57]  

RD1型(RD型)(偵察)掃海艇について

 イタリア海軍が第一次大戦時に量産した木造掃海艇。建造を急いだため、建造を請け負った各造船所に船体構造設計などの裁量を持たせており、建造所や建造時期によって船体サイズや機関出力などが異なる(細かく分類すると全部で13タイプに分けることができる)。
 基本的には200トン程度の船体に石炭ボイラーとレシプロ機関が搭載され、自衛用として76ミリ砲1門と機銃2丁が装備されている。最高速度は12ノット前後だが、機関出力の大きな艇は約14ノット、船体サイズが最も大きかった「RD50」から「RD52」の3隻は約10ノットと艇によって幅がある。掃海具は当時最新鋭だった「オロペサ」[Oropesa]式のものが装備された。

 第一次大戦時に全部で57隻(うち1隻は未竣工)の姉妹艇が建造され、第二次大戦時でも38隻が現役として残っていた。曳き船(タグボート)として使用されることもあったため、曳船掃海艇[Rimorchiatori Dragamine]と呼ばれているが、港湾警備や哨戒なども兼ねていたため偵察掃海艇[Vedetta Dragamine]と呼ばれることもあった。
 第二次大戦でイタリアが降伏した際に、一部の艇はドイツ軍に接収された。戦後、生き残った艇(放棄された艇を含む)の一部はユーゴスラビア海軍に編入されている。


注意!「この型は同型艦が多いため他のページとは年表の形が異なります。年月日は総て西暦表示です。」
造船所略号
 CAS = カステラマーレ・ディ・スタビア工廠
       [Cantiere navale di Castellammare di Stabia]
 TOS = フランコ・トシ社 [Franco Tosi]
 CNP = ポリ工廠 [Cantiere Navale Poli]  ADN = ナポリ工廠 [Arsenale di Napoli]
 PAT = パティソン造船所 [Cantiere Pattison]  MIG = ミグリアルディ社 [Migliardi]
国名略称(略称に続く「 」内は貸与等後の艦名)
ドイツ海軍 = ドイツ ユーゴスラビア海軍 = ユーゴスラビア    
RD1型(RD型)(偵察)掃海艇の歴史
艦名造船所起工進水竣工戦歴など
RD4 [RD4]CAS'16.02.??'16.08.27'17.01.??'43.01.29連合軍機の攻撃を受け沈没
RD6 [RD6]CAS'16.03.??'16.10.26'17.02.??'47.08月ユーゴスラビア海軍「ML301」。'60年頃ユーゴスラビア海軍退役
RD7 [RD7]TOS'16.05.??'16.09.28'17.03.??'42.06.15サロニコス湾にて触雷沈没
RD9 [RD9]TOS'16.09.??'17.02.02'17.07.??'43.09.09イタリア降伏のためピレウス(ギリシア)にて放棄。後に独軍に接収され編入。ドイツ海軍「M1226」。
'44.01.11ピレウスにて連合軍機の攻撃を受け沈没
RD12 [RD12]TOS'16.12.??'17.07.02'17.10.??'43.05.02ボン岬(チュニジア)沖にて連合軍機の攻撃を受け沈没
RD13 [RD13]CNP'16.08.??'17.07.02'18.04.??'43.09.09イタリア降伏のためヴィアレッジョにて自沈
RD16 [RD16]CAS'16.08.??'17.03.29'17.04.??'43.07.23損傷のためトラーパニにて放棄。後に修理され'48.08月ユーゴスラビア海軍「ML302」。'60年頃ユーゴスラビア海軍退役
RD17 [RD17]CAS'16.09.??'17.04.22'17.05.??'43.09.09イタリア降伏のためピレウスにて放棄。後に独軍に接収され編入。ドイツ海軍「M1227」。以降の消息不明(終戦時に自沈説あり)
RD18 [RD18]CAS'16.11.??'17.05.17'17.??.??'43.05.05ラ・グレット(チュニジア)にて連合軍機の攻撃を受け沈没
RD20 [RD20]CAS'17.02.??'17.07.14'17.08.??'43.04.11トラーパニにて連合軍機の攻撃を受け沈没
RD21 [RD21]CAS'17.07.??'17.11.26'18.01.??'48.08月ユーゴスラビア海軍「ML303」。'60年頃ユーゴスラビア海軍退役
RD22 [RD22]CAS'17.08.??'17.12.31'18.02.??'43.10.25ブリンディジ沖にて触雷沈没
RD23 [RD23]CAS'17.10.??'18.01.21'18.02.??'43.05.05ラ・グレットにて連合軍機の攻撃を受け沈没
RD24 [RD24]CAS'17.11.??'18.03.04'18.03.??'43.02.18シチリア島西方沖にて転覆沈没
RD25 [RD25]CAS'17.12.??'18.04.04'18.05.??'43.08.16損傷のためメッシーナ近郊にて放棄。後に修理され'48.08月ユーゴスラビア海軍「ML304」。'60年頃ユーゴスラビア海軍退役
RD26 [RD26]CAS'17.12.??'18.05.15'18.06.??'43.09.09イタリア降伏のためピレウスにて放棄。後に独軍に接収され編入。ドイツ海軍「M1228」。以降の消息不明('44年ラ・スペーツィアにて沈没説あり)
RD27 [RD27]TOS'17.10.??'18.09.16'18.10.??'48.08月ユーゴスラビア海軍「ML305」。'60年頃ユーゴスラビア海軍退役
RD28 [RD28]TOS'17.12.??'18.07.18'18.12.??'48.09月ユーゴスラビア海軍「ML306」。'60年頃ユーゴスラビア海軍退役
RD29 [RD29]TOS'18.02.??'18.08.28'19.01.??'48.09月ユーゴスラビア海軍「ML307」。'60年頃ユーゴスラビア海軍退役
RD30 [RD30]TOS'18.03.??'18.10.22'19.02.??'42.12.26ビゼルト(チュニジア)にて連合軍機の攻撃を受け沈没
RD31 [RD31]CAS'18.04.??'18.12.30'19.01.??'43.01.20ズワーラ(リビア)沖にて英駆逐艦隊と交戦し沈没
RD32 [RD32]CAS'18.04.??'19.02.08'19.??.??終戦後も伊海軍に残存。'56.06月退役
RD33 [RD33]CAS'18.06.??'19.03.20'19.04.??'43.01.22チュニス湾にて転覆沈没
RD34 [RD34]CAS'18.12.??'19.05.12'19.07.??終戦後も伊海軍に残存。'56.06月退役
RD35 [RD35]CAS'19.02.??'19.07.17'19.08.??'43.09.09イタリア降伏のため独軍に接収され編入。ドイツ海軍「M1229」。以降の消息不明('44年エーゲ海にて沈没説あり)
RD36 [RD36]CAS'19.03.??'19.08.11'19.11.??'43.01.20ズワーラ沖にて英駆逐艦隊と交戦し沈没
RD37 [RD37]CAS'19.05.??'19.10.02'20.02.??'43.01.20ズワーラ沖にて英駆逐艦隊と交戦し沈没
RD38 [RD38]ADN'19.05.??'19.08.28'21.07.??'43.05.18トラーパニにて連合軍機の攻撃を受け沈没
RD39 [RD39]TOS'18.01.??'19.07.27'19.11.??'43.01.20ズワーラ沖にて英駆逐艦隊と交戦し沈没
RD40 [RD40]TOS'18.11.??'19.10.16'20.03.??終戦後も伊海軍に残存。'55.04月退役
RD41 [RD41]TOS'19.01.??'19.12.12'20.03.??終戦後も伊海軍に残存。'53.01月退役
RD42 [RD42]TOS'19.03.??'20.02.05'20.05.??'43.05.05ラ・グレットにて連合軍機の攻撃を受け沈没
RD43 [RD43]TOS'19.06.??'20.04.12'20.07.??'43.01.22チュニス湾にて転覆沈没
RD44 [RD44]TOS'19.10.??'20.06.06'20.10.??'43.05.05ビゼルト沖にて連合軍機の攻撃を受け沈没
RD49 [RD49]PAT'19.06.??'21.11.24'22.03.??'43.09.09イタリア降伏のためラ・スペーツィアにて自沈。浮揚後、独軍に接収され編入。ドイツ海軍「TR106」。
'45.04.23ジェノアにて自沈
RD55 [RD55]MIG'18.11.??'23.02.16'25.07.??'43.05.25メッシーナ沖にて連合軍機の攻撃を受け沈没
RD56 [RD56]MIG'18.11.??'23.03.14'25.10.??'43.01.09ビゼルトにて連合軍機の攻撃を受け大破着底。浮揚修理中の'43.03.24に再度連合軍機の攻撃を受け沈没
RD57 [RD57]MIG'19.01.??'23.03.06'26.11.??'43.05.05ラ・グレットにて連合軍機の攻撃を受け沈没


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