メーテオ型 掃海艇

"Meteo" Class Minesweeper
Dragamine Classe "Meteo"


ドイツ海軍→イタリア王国海軍 他 帝政ドイツ海軍 イタリア海軍 ドイツ海軍


Abastro
掃海艇「アバストロ」(1920年代末頃)
スペックデータ
排水量:(基)525t ボイラー:水管罐・石炭専焼×2基 燃料搭載量:石炭115t
全長:(全)59.6m
全幅:7.3m 主機:直立型往復動蒸気機関(3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:2.2m
出力:1,850hp
武装:
42口径10.5cm単装砲2基、機雷30個搭載可能
掃海具搭載
最大速力:16.0kt
航続距離:10ktで2,400浬
乗員定数:40名

同型艦名(2隻)
メーテオ [Meteo]アバストロ [Abastro]

メーテオ型掃海艇について

 元は第一次大戦時に帝政ドイツ海軍が量産した掃海艇「M57」型(1916年型)(資料によっては改良が加えられた「M97」型としているものもある)の艇で、戦後残存していた艇を戦時賠償としてイタリアへ引き渡された物である。
 比較的大型の掃海艇で、機雷掃海だけでなく護衛任務などにも使用できるよう主砲は10.5センチ口径2門が搭載されており、また機雷敷設もこなすことができる多用途艇であった。

 独掃海艇「M119」および「M120」の両艇は1920年代初頭にイタリアへ引き渡され、第二次大戦時にも現役として掃海や警備任務に従事している。1943年9月にイタリアが単独降伏すると、両艇はドイツ軍に接収されている。
 ちなみに両艇とも1925年に都市の名前に改名しているが、「アバストロ」が改名した「コトローネ」は1928年に都市が「クロトーネ」へ改称したため、当艇も後を追って改称後の都市名へ改名している。


メーテオ型掃海艇の歴史
メーテオ [Meteo]
1917年独ネプトゥーン社[Neptun]にて掃海艇「M119」として起工
1918年 6月22日進水
       8月竣工
1921年 3月除籍。戦時賠償としてイタリアへ引き渡し
      12月イタリア海軍へ編入。艇名を「メーテオ」と改名
1925年 6月艇名を「ヴィエステ」[Vieste]と改名
1940年イタリア参戦のため第二次大戦に参加
1943年 9月11日イタリア降伏のためナポリにて独海軍に接収される
艦籍には編入されず、倉庫船として使用(?)
アバストロ [Abastro]
1917年独ネプトゥーン社にて掃海艇「M120」として起工
1918年 7月24日進水
       9月竣工
1921年 3月除籍。戦時賠償としてイタリアへ引き渡し
      12月イタリア海軍へ編入。艇名を「アバストロ」と改名
1925年 6月艇名を「コトローネ」[Cotrone]と改名
1931年艇名を「クロトーネ」[Crotone]と改名
1940年イタリア参戦のため第二次大戦に参加
1943年 9月 9日イタリア降伏のためラ・スペーツィアにて独海軍に接収される
      10月独海軍へ編入。艇名を「ケアヴィーダー」[Kehrwieder]と改名
1944年 5月19日沈没(詳細不明)


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