ルイジ・セッテンブリーニ型 中型潜水艦

"Luigi Settembrini" Class Medium Submarines
Sommergibile di Media Crociera(SM) Classe "Luigi Settembrini"


イタリア王国海軍 イタリア海軍


Settimo
「ルッジェーロ・セッティモ」
スペックデータ
排水量(水上):954t排水量(水中):1,153t全長:(全)69.1m
出力(水上):3,000hp出力(水中):1,400hp全幅:6.61m
最大速力(水上):17.5kt最大速力(水中):7.7kt吃水:4.45m
航続距離(水上):7.3ktで6,200浬航続距離(水中):3ktで100浬乗員数:56名
燃料搭載量:重油52t安全潜行深度:90m
主機関:Tosi式S8型ディーゼル機関×2基+Ansaldo製電動モーター×2基、2軸推進
武装:
《魚雷12発搭載》53.3cm魚雷発射管8門(艦首4、艦尾4)、
35口径10.2cm単装砲1基、13.2mm単装機銃2基

同型艦名(2隻)
ルイジ・セッテンブリーニ[Luigi Settembrini]ルッジェーロ・セッティモ[Ruggiero Settimo]

ルイジ・セッテンブリーニ型中型潜水艦について

 「スクアロ」型「アルゴナウタ」型と同時期に建造された中型潜水艦。ただし他の中型潜水艦と異なり「マメリ」型の流れを継承する一部複殻船体として設計されている。
 船体サイズは「マメリ」型より一回り大きくなっており、水上速力や航続距離などの性能も向上しているが、凌波性や安定性といった部分は逆に悪化したと言われている。なお他の中型潜に施されたような艦首乾舷を高めるデザインは採用されなかった。

 当タイプは2隻が建造されイタリア休戦時でも両艦とも生き残っていたが、ネームシップである「セッテンブリーニ」は連合軍指揮下で訓練任務従事中に米護衛駆逐艦の誤認攻撃により沈没してしまった。


ルイジ・セッテンブリーニ型中型潜水艦の歴史
ルイジ・セッテンブリーニ[Luigi Settembrini]
1928年 4月16日フランコ・トシ/タラント(Franco Tosi,Taranto)造船所にて起工
1930年 7月28日進水
1932年 1月25日竣工
1933年〜スペイン内戦に際し派兵され、エーゲ海にて作戦に従事
1940年 6月〜第二次大戦に参加。地中海方面で行動
1942年10月〜ポーラ(現クロアチアのプーラ)にて訓練任務に従事
1943年 9月イタリア休戦時に降伏。連合軍指揮下に入り訓練任務に従事
1944年11月15日バミューダ諸島近海にて米護衛駆「フラメント」の体当りを受け沈没
ルッジェーロ・セッティモ[Ruggiero Settimo]
1928年 4月16日フランコ・トシ/タラント造船所にて起工
1930年 3月29日進水
1932年 4月25日竣工
1933年〜スペイン内戦に際し派兵され、エーゲ海にて作戦に従事
1940年 6月〜第二次大戦に参加。紅海や地中海方面で行動
       7月12日カーポ・パッセロ(シチリア島南東)沖にて英飛行艇の攻撃を受け損傷
1943年 9月イタリア休戦時に降伏。連合軍指揮下に入り訓練任務に従事
1947年 3月23日除籍、スクラップ


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