コンソーレ・ジェネラーレ・リウッツィ型 大型潜水艦

"Console Gemerale Liuzzi" Class Large Submarines
Sommergibili Oceanici(SO) Classe "Console Gemerale Liuzzi"


イタリア王国海軍 他 イタリア海軍 ドイツ海軍


Tarantini
「カピターノ・タランティーニ」(進水時)
スペックデータ
排水量(水上):1,166t排水量(水中):1,484t全長:(全)76.1m
出力(水上):3,500hp出力(水中):1,500hp全幅:6.98m
最大速力(水上):18.0kt最大速力(水中):8.0kt吃水:4.55m
航続距離(水上):8ktで13,000浬航続距離(水中):4ktで108浬乗員数:57名
燃料搭載量:重油135t安全潜行深度:100m
主機関:Tosi式EG型ディーゼル機関×2基+Ansaldo製電動モーター×2基、2軸推進
武装:
《魚雷12〜14発搭載》53.3cm魚雷発射管8門(艦首4、艦尾4)、
47口径10cm単装砲1基、13.2mm連装機銃2基

同型艦名(4隻)
コンソーレ・ジェネラーレ・リウッツィ
[Console Generale Liuzzi]
アルピーノ・バニョリーニ
[Alpino Bagnolini]
カピターノ・タランティーニ
[Capitano Tarantini]
レジナルド・ジュリアーニ
[Reginaldo Giuliani]

コンソーレ・ジェネラーレ・リウッツィ型大型潜水艦について

 「ブリン」型の発展改良型として計画されたタイプ。船体サイズが少しだけ大きくなり、航続距離も延伸している。また搭載機関も出力を強化されたものとなったため、水上の最高速度も若干向上した。能力的には「ブリン」型と同程度であったが、主砲を最初から前部上甲板に配置するなど「ブリン」型等の使用実績により改良を加えた設計が行われている。

 全部で4隻の姉妹艦が建造され、竣工直後に参戦した第二次大戦に投入されているが緒戦で2隻が戦没し、生き残った2隻も極東方面への連絡(及び戦略物資輸送)任務用に改修されたため目立った戦果は挙げていない。


コンソーレ・ジェネラーレ・リウッツィ型大型潜水艦の歴史
コンソーレ・ジェネラーレ・リウッツィ[Console Generale Liuzzi]
1938年10月 1日フランコ・トシ[Franco Tosi Meccanica]社にて起工
1939年 9月17日進水
      11月21日竣工
1940年 6月〜第二次大戦に参加(戦果なし)。地中海方面で行動
       6月27日クレタ島南方にて英駆「アイレクス」「デインテイ」「ディフェンダー」および濠旧式駆「ヴォイジャー」の攻撃を受け沈没
アルピーノ・バニョリーニ[Alpino Bagnolini]
1938年12月15日フランコ・トシ社にて起工
1939年10月28日進水
      12月22日竣工
1940年 6月〜第二次大戦に参加(通算戦果3隻(11,142t)撃沈)。地中海方面で行動
       6月12日クレタ島南方にて英旧式軽巡「カリプソ」を撃沈
       9月中旬〜北大西洋方面へ転戦
1943年初頭バイーア沖にて連合軍機の攻撃を受け損傷を負う
43年中盤から修理を実施。その際に輸送潜水艦へ改修される
       9月10日イタリア降伏に伴いボルドーにて独軍に接収され、艦名を「UIT-22」と改名
1944年 1月26日アセンション島近海にて米軍機の攻撃を受け損傷
       3月11日喜望峰南方にて南アフリカ軍機の攻撃を受け沈没
カピターノ・タランティーニ[Capitano Tarantini]
1939年 4月 5日フランコ・トシ社にて起工
1940年 1月 7日進水
       3月16日竣工
1940年 6月〜第二次大戦に参加(通算戦果1隻(3,039t)撃沈)。地中海方面で行動
       9月〜北大西洋方面へ転戦
      12月15日ビスケー湾にて英潜「サンダーボルト」の雷撃を受け沈没
レジナルド・ジュリアーニ[Reginaldo Giuliani]
1938年 3月13日フランコ・トシ社にて起工
1939年 3月13日進水
1940年 2月 3日竣工
1940年 6月〜第二次大戦に参加(通算戦果3隻(16,103t)撃沈)。地中海方面で行動
      10月〜北大西洋方面へ転戦
1942年 9月 1日カーボベルデ近海にて英飛行艇の攻撃を受け損傷。スペインにて応急修理を行うが中立国だったため抑留となる
      11月 8日賠償金を払いスペインを出航。翌日ボルドーへ到着
1943年 4月輸送潜水艦に改められる
       9月10日イタリア降伏に伴いシンガポールにて日本軍に接収され、独軍へ譲渡となる。
独海軍籍編入後は艦名を「UIT-23」と改名
1944年 2月14日マラッカ海峡にて英潜「タリ・ホー」の雷撃を受け沈没


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