グラウコ型 大型潜水艦

"Glauco" Class Large Submarines
Sommergibili Oceanici(SO) Classe "Glauco"


イタリア王国海軍 イタリア海軍


Glauco
Otaria
(上段)「グラウコ」(撮影時期不詳)/(下段)「オタリア」(廃艦前の姿)
スペックデータ
排水量(水上):1,055t排水量(水中):1,325t全長:(全)73.0m
出力(水上):3,000hp出力(水中):1,120hp全幅:7.2m
最大速力(水上):17.1kt最大速力(水中):8.0kt吃水:5.3m
航続距離(水上):8ktで9,760浬航続距離(水中):3ktで110浬乗員数:57名
燃料搭載量:重油59t安全潜行深度:90m
主機関:Fiat式ディーゼル機関×2基+CRDA製電動モーター×2基、2軸推進
武装:
《魚雷14発搭載》53.3cm魚雷発射管8門(艦首4、艦尾4)、
47口径10cm単装砲2基、13.2mm単装機銃2基

同型艦名(2隻)
グラウコ[Glauco]オタリア[Otaria]

グラウコ型大型潜水艦について

 元はポルトガルが1931年にイタリアへ発注した大型潜水艦であるが、起工直後に財政難によりキャンセルされてしまったためイタリア海軍が引き取り、イタリア海軍向けに細部の設計を修正して1933年に再起工した艦である。
 設計は中型潜「スクアロ」型の拡大改良版であるが、性能的に今ひとつだった「スクアロ」型とは異なり、良好な性能を発揮したと伝えられる。

 ネームシップである「グラウコ」は1941年に戦没したが、姉妹艦の「オタリア」は終戦まで生き残り、1948年に除籍解体となった。


グラウコ型大型潜水艦の歴史
グラウコ[Glauco]
1931年ポルトガル潜「デルフィム」[Delfim]としてCRDAモンファルコーネ[Cantieri Riuniti de l'Anreitico Monfalcone]にて受注するも、同年契約キャンセルとなる
1932年10月10日イタリア潜「グラウコ」として再起工
1935年 1月 5日進水
       9月20日竣工
1936年12月〜スペイン内戦に際し派兵され、秘密作戦に従事
1938年〜紅海へ派遣。第二次大戦開戦前に地中海へ帰還
1940年 6月〜第二次大戦に参加。地中海および北大西洋にて行動
1941年 1月27日ポルト(ポルトガル)沖にて敵艦の爆雷攻撃を受け損傷
仏ボルドーの伊海軍潜水艦基地BETASOMへ退避し4月まで修理を実施
       6月27日ジブラルタル西方にて英旧式駆「ウィシャート」と浮上交戦、沈没
オタリア[Otaria]
1931年ポルトガル潜「エスパダルテ」[Espadarte]としてCRDAモンファルコーネにて受注するも、同年契約キャンセルとなる
1933年11月17日イタリア潜「オタリア」として再起工
1935年 3月20日進水
      10月20日竣工
1936年12月〜スペイン内戦に際し派兵され、秘密作戦に従事
1938年〜紅海へ派遣。第二次大戦開戦前にはインド洋でも行動
1940年 6月〜第二次大戦に参加。紅海にて行動
       9月28日地中海経由で大西洋方面へ向かう途中、ジブラルタル海峡にて敵艦の爆雷攻撃を受け損傷。仏ボルドーの伊海軍潜水艦基地BETASOMへ退避し修理を実施
      10月14日〜戦線へ復帰。大西洋にて哨戒任務に従事
1942年 6月13日サルジニア島近海にて英飛行艇の攻撃を受け損傷を負う
1942年後半〜リビア方面への物資輸送任務に従事
1943年 2月〜潜水学校へ転属し、訓練任務に従事
1943年 9月 9日イタリア休戦のため連合軍へ降伏
10月以降はマルタにて連合軍指揮下に入り訓練任務に従事
1947年頃退役。兵装を撤去され繋留となる
1948年 2月 1日除籍。後にスクラップ


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