ピエトロ・カルヴィ型 大型潜水艦

"Pietro Calvi" Class Large Submarines
Sommergibili Oceanici(SO) Classe "Pietro Calvi"


イタリア王国海軍 イタリア海軍


Finzi
Tazzoli
(上段)「ジュゼッペ・フィンチ」(大戦時か?)/(下段)「エンリコ・タッツォーリ」(進水時か?)
スペックデータ
排水量(水上):1,550t排水量(水中):2,060t全長:(全)84.3m
出力(水上):4,400hp出力(水中):1,800hp全幅:7.71m
最大速力(水上):17.1kt最大速力(水中):7.9kt吃水:5.2m
航続距離(水上):8ktで11,400浬航続距離(水中):3ktで120浬乗員数:72名
燃料搭載量:重油249t安全潜行深度:100m
主機関:Fiat式ディーゼル機関×2基+San Giorgio製電動モーター×2基、2軸推進
武装:
《魚雷16発搭載》53.3cm魚雷発射管8門(艦首4、艦尾4)、
45口径12cm単装砲2基、13.2mm連装機銃2基
(Tazzoliのみ魚雷12発と、他に機雷14個を搭載可能)

同型艦名(3隻)
ピエトロ・カルヴィ
[Pietro Calvi]
エンリコ・タッツォーリ
[Enrico Tazzoli]
ジュゼッペ・フィンチ
[Giuseppe Finzi]

ピエトロ・カルヴィ型大型潜水艦について

 「ガリレイ(アルキメーデ)」型とほぼ同時期(1930年代初頭の軍拡期)に建造された大型潜水艦。「バリッラ」型を発展させた完全複殻式船体を持つ。性能的には「ガリレイ」型とほぼ同じ程度であるが、甲板砲は12センチ口径と「ガリレイ」型よりも大きくなっており、また搭載燃料が多いため航続距離も「ガリレイ」型に比べ長い。

 姉妹艦3隻が1930年代半ばに竣工し、第二次大戦では地中海および北大西洋方面で哨戒任務などを行ったが、1943年に「タッツォーリ」と「フィンチ」は輸送潜水艦へ改修されている。
 「カルヴィ」と「タッツォーリ」はイタリア休戦までに喪われてしまったが、残った「フィンチ」はイタリア降伏時にドイツ軍が接収し「UIT-21」と改名されている。ただしドイツ軍が接収した後は使用されることは無く、連合軍の南フランス侵攻が開始されるとボルドーにて自沈してしまった。


ピエトロ・カルヴィ型大型潜水艦の歴史
ピエトロ・カルヴィ[Pietro Calvi]
1932年 7月20日OTO(Odero-Terni-Orlando)ラ・スペーツィア造船所にて起工
1935年 3月31日進水
      10月16日竣工
1940年 6月〜第二次大戦に参加。大西洋、地中海で行動。通算6隻(34,193トン)撃沈
1942年 7月15日アゾレス諸島南方沖にて英スループ「ルルワース」の攻撃を受け沈没
エンリコ・タッツォーリ[Enrico Tazzoli]
1932年 9月16日OTOラ・スペーツィア造船所にて起工
1935年10月13日進水
1936年 4月18日竣工
1940年 6月〜第二次大戦に参加。大西洋、地中海で行動。通算20隻(96,650トン)撃沈
1943年初頭輸送潜水艦へ改修を実施
       5月16日極東への輸送任務に出撃するが、ビスケー湾にて消息を絶つ(沈没原因不明)
(英軍(自由チェコ軍)機および米駆「マッケンジー」の攻撃説が有るが戦果未確認)
ジュゼッペ・フィンチ[Giuseppe Finzi]
1932年 8月 1日OTOラ・スペーツィア造船所にて起工
1935年 6月29日進水
1936年 1月 8日竣工
1940年 6月〜第二次大戦に参加。大西洋、地中海で行動。通算5隻(30,760トン)撃沈
1943年初頭輸送潜水艦へ改修を実施
       9月イタリア休戦に伴い、ボルドーにてドイツ軍に接収される
独海軍籍編入後は「UIT-21」と改名
1944年 8月20日連合軍の侵攻を受けボルドーにて自沈(7月25日、8月25日説もある)


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