フラテリ・バンディエラ型 中型潜水艦

"Fratelli Bandiera" Class Medium Submarines
Sommergibile di Media Crociera(SM) Classe "Fratelli Bandiera"


イタリア王国海軍 イタリア海軍


Menotti
Luciano Manara
(上段)「チロ・メノッティ」(竣工時の姿)/(下段)「ルチアーノ・マナラ」(1943年:改修後の姿)
スペックデータ(性能などは竣工時のもの)
排水量(水上):925t排水量(水中):1,080t全長:(全)69.8m
出力(水上):3,000hp出力(水中):1,300hp全幅:7.3m
最大速力(水上):17.5kt最大速力(水中):9.0kt吃水:5.2m
航続距離(水上):8.5ktで4,740浬航続距離(水中):4ktで60浬乗員数:53名
燃料搭載量:重油45t安全潜行深度:90m
主機関:Tosi式もしくはFiat式ディーゼル機関×2基+Savigliano製電動モーター×2基、2軸推進
武装:
《魚雷12発搭載》53.3cm魚雷発射管8門(艦首4、艦尾4)、
35口径10.2cm単装砲1基、13.2mm単装機銃2基
(Ciro Menottiは大戦中に甲板砲を47口径10cm単装砲へ換装)

同型艦名
フラテリ・バンディエラ
[Fratelli Bandiera]
チロ・メノッティ
[Ciro Menotti]
ルチアーノ・マナラ
[Luciano Manara]
サントーレ・サンタローサ
[Santorre Santarosa]

フラテリ・バンディエラ型中型潜水艦について

 「ピサニ」型に続いて建造された中型潜水艦。「ピサニ」型の実績で、単殻構造の船体を持つ艦は一部複殻船体の「マメリ」型に比べ安定性などで劣っていることが判明したが、イタリア海軍は製造コストや建造の都合から以降建造される中型潜水艦は単殻構造とすることにしており、当タイプも単殻構造で設計されている。

 「ピサニ」型と同様、1930年代初頭に水上での安定性を高めるためのサドルタンク拡大(バルジ装着)や、凌波性の向上のために艦首乾舷を高くするなどの改修を実施しており、その結果最高速力の低下(改修後は水上15ノット、水中8ノット)がおこっている。


フラテリ・バンディエラ型中型潜水艦の歴史
フラテリ・バンディエラ[Fratelli Bandiera]
1928年 2月11日トリエスティーニ造船所(Cantieri Triestini)にて起工
1929年 7月 7日進水
1930年 6月 2日竣工
1930年代サドルタンク及び艦首乾舷の改修を実施
1940年 6月〜第二次大戦に参加
1942年頃老朽化のため第一線任務から外され練習任務などに従事
1943年 9月連合軍に降伏
1948年 2月 1日除籍、スクラップ
チロ・メノッティ[Ciro Menotti]
1928年 5月12日OTOムッジアーノ(Odero-Terni-Orlando Muggiano)造船所にて起工
1929年 7月29日進水
1930年 7月29日竣工
1930年代サドルタンク及び艦首乾舷の改修を実施
1936年スペイン内乱に際し、スペイン沿岸部の警備任務に従事
1940年 6月〜第二次大戦に参加
1942年頃甲板砲や主機の換装工事を実施
1943年 9月連合軍に降伏。連合軍指揮下で輸送任務に従事
1948年 2月 1日除籍、スクラップ
ルチアーノ・マナラ[Luciano Manara]
1928年 2月18日トリエスティーニ造船所にて起工
1929年10月 5日進水
1930年 9月 9日竣工
1930年代サドルタンク及び艦首乾舷の改修を実施
1940年 6月〜第二次大戦に参加
1942年頃老朽化のため第一線任務から外され練習任務などに従事
1943年 9月連合軍に降伏。以降も練習艦として使用される
1948年 2月 1日除籍、スクラップ
サントーレ・サンタローサ[Santorre Santarosa]
1928年 5月 1日OTOムッジアーノ造船所にて起工
1929年10月22日進水
1930年 7月29日竣工
1930年代サドルタンク及び艦首乾舷の改修を実施
1940年 6月〜第二次大戦に参加。哨戒任務などに従事
1943年 1月20日トリポリにて英魚雷艇「MTB260」の攻撃を受け沈没


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