アッチアイーオ型 沿岸(中型)潜水艦

"Acciaio" Class Coastal Submarines
Sommergibile Costiero(SC) Classe "Acciaio"


イタリア王国海軍 他 イタリア海軍 イギリス海軍 自由フランス海軍 フランス海軍 ソビエト海軍


Acciaio
「アッチアイーオ」
スペックデータ
排水量(水上):708t排水量(水中):865t全長:(全)60.18m
出力(水上):1,400hp出力(水中):800hp全幅:6.47m
最大速力(水上):14.0kt最大速力(水中):7.7kt吃水:4.84m
航続距離(水上):8.5ktで5,000浬航続距離(水中):3ktで80浬乗員数:44名
燃料搭載量:重油78t安全潜行深度:80m
主機関:Fiat式もしくはCRDA式ディーゼル機関×2基+CRDA製もしくはAnsaldo製電動モーター×2基、2軸推進
武装:
《魚雷8〜14発搭載》53.3cm魚雷発射管6門(艦首4、艦尾2)
(Argento、Bronzo、Volframioは艦尾発射管を廃して全4門としている)、
47口径10cm単装砲1基、13.2mm機銃または20mm機関砲単装もしくは
連装2基

同型艦名(13隻)
アッチアイーオ[Acciaio]アラバストロ[Alabastro]アルジェント[Argento]アステリア[Asteria]
アヴォリオ[Avorio]ブロンゾ[Bronzo]コバルト[Cobalto]ジアダ[Giada]
グラニト[Granito]ニケリオ[Nichelio]プラティノ[Platino]ポルフィド[Porfido]
ヴォルフラミオ[Volframio]

アッチアイーオ型沿岸(中型)潜水艦について

 イタリア海軍の沿岸用潜水艦としてシリーズ化された”600”型のうち、1936年から38年にかけて就役した「アデュア」型に続いて計画された最後の”600”型潜水艦。イタリア海軍では「アデュア」型で”600”型の建造を一時停止していたのだが第二次大戦開戦による急増計画で建造されたものである。
 戦時下の急増ということで作業工程や建造材料の簡略化が図られており、またこれまでの”600”型運用実績から司令塔形状を小さいものにするなどの変更が加えられている。形状的にドイツ潜水艦のVIIC型と似通っており、地中海や北アフリカ沿岸で活躍した。ただし活動期間が短かったことや、独Uボートに比べ性能的に劣っていたため戦果は多くない。

 1941年から42年にかけて全部で13隻の姉妹艦が竣工しているが、うち9隻が戦没、1隻が英軍に拿捕されているため終戦時に生き残っていたのは3隻だけだった。
 なお一部資料では当タイプの呼称を、最も最初に竣工した艦の名前から「プラティノ」型としているものも見受けられる。


アッチアイーオ型沿岸(中型)潜水艦の歴史
アッチアイーオ[Acciaio]
1940年11月22日OTOムッジアーノ(Odero-Terni-Orlando Muggiano)造船所にて起工
1941年 6月22日進水
      10月30日竣工
1942年 6月〜第二次大戦に参加(通算戦果1隻(409t)撃沈)。北アフリカ沿岸で行動
1943年 2月 7日アルジェリア沖にて英対潜トローラー「テルヴァニ」[Tervani]を撃沈
       7月13日メッシナ海峡北方にて英潜「アンルーリー」の雷撃を受け沈没
アラバストロ[Alabastro]
1941年 3月14日CRDAモンファルコーネ(Cantieri Riuniti de l'Anreitico Monfalcone)にて起工
      12月18日進水
1942年 5月 9日竣工
1942年中盤〜第二次大戦に参加(戦果なし)。北アフリカ沿岸で行動
       9月14日アルジェ沖にて英飛行艇の攻撃を受け沈没
アルジェント[Argento]
1941年 4月30日トシ(Cantieri Tosi)社にて起工
1942年 2月22日進水
       5月16日竣工
1942年後半〜第二次大戦に参加(戦果なし)。地中海方面で行動
1943年 8月 3日シチリア海峡にて米駆「バック」の攻撃を受け沈没
アステリア[Asteria]
1940年10月16日CRDAモンファルコーネにて起工
1941年 6月25日進水
      11月 8日竣工
1942年〜第二次大戦に参加(戦果なし)。北アフリカ沿岸で行動
1943年 2月17日ボウギー(アルジェリア)沖にて英護衛駆「ホウィートランド」及び「イーストン」の攻撃を受け大破、後に自沈
アヴォリオ[Avorio]
1940年11月 9日CRDAモンファルコーネにて起工
1941年 9月 6日進水
1942年 3月25日竣工
1942年後半〜第二次大戦に参加(戦果なし)。北アフリカ沿岸で行動
1943年 2月 8日ボウギー沖にてカナダコルベット「レジャイナ」の攻撃を受け沈没
ブロンゾ[Bronzo]
1940年12月 2日トシ社にて起工
1941年 9月28日進水
1942年 1月 2日竣工
1942年後半〜第二次大戦に参加(通算戦果1隻(12,688t)撃沈)。地中海方面で行動
1943年 7月12日シラクーザ(シチリア島)沖にて英掃海艇「ボストン」「クロマー」「プール」「シーハム」の攻撃を受け損傷、浮上降伏の後、拿捕される
 英海軍籍に編入。艦名を「P714」と改名
1944年 1月29日自由フランス軍に譲渡され、艦名を「ナルヴァル(2代)」[Narval(2)]と改名
終戦後もフランス海軍にて任務に従事
1949年(1948年説もある)フランス海軍除籍。後にスクラップ
コバルト[Cobalto]
1940年11月26日OTOムッジアーノ造船所にて起工
1941年 8月20日進水
1942年 3月18日竣工
1942年中盤〜第二次大戦に参加(戦果なし)。北アフリカ沿岸で行動
       8月12日ビゼルト(チュニジア)沖にて英駆「イシュリエル」及び「パスファインダー」の攻撃を受け沈没
ジアダ[Giada]
1940年10月16日CRDAモンファルコーネにて起工
1941年 7月10日進水
      12月 8日竣工
1942年中盤〜第二次大戦に参加(戦果なし)。ジブラルタル周辺で行動
1943年 9月 9日イタリア降伏に伴い連合軍指揮下となる
1948年 2月 1日除籍。港湾作業支援船(発電船)として使用され、艦名を「V2」と改名
1951年 3月 1日イタリア海軍籍に再編入。艦名を「ジアダ」に戻し改修工事を実施
1953年〜改修工事完了。練習潜水艦として使用される
1966年除籍。後にスクラップ
グラニト[Granito]
1940年11月 9日CRDAモンファルコーネにて起工
1941年 8月 7日進水
1942年 3月31日竣工
1942年後半〜第二次大戦に参加(戦果なし)。地中海方面で行動
      11月 9日シシリー島近海にて英潜「サラセン」の雷撃を受け沈没
ニケリオ[Nichelio]
1941年 7月 1日CRDAモンファルコーネにて起工
1942年 4月12日進水
       7月30日竣工
1942年後半〜第二次大戦に参加(通算戦果1隻(90t)撃沈)。地中海方面で行動
1943年 7月14日メッシナ海峡にて英機動砲艇「MGB641」を撃沈
       9月 9日イタリア降伏に伴い連合軍指揮下となる
1949年 2月 7日(6日説もある)和平条約に従い、アルバニアにてソビエトへ引き渡し
       2月24日ソビエト海軍籍編入。艦名を「И−42(I-42)」と改名。黒海艦隊に所属
       6月16日艦名を「С−42(S-42)」と改名
1956年 2月17日退役。同年11月繋留練習船となる
1958年 3月12日ソビエト海軍籍除籍。後にスクラップ
プラティノ[Platino]
1940年11月20日OTOムッジアーノ造船所にて起工
1941年 6月 1日進水
      10月 2日竣工
1942年〜第二次大戦に参加(通算戦果1隻(925t)撃沈、1隻損傷)。北アフリカ沿岸で行動
1943年 1月30日ボウギー沖にて英コルベット「サムフィー」を撃沈
       9月イタリア降伏に伴い連合軍指揮下となる
1948年 2月 1日除籍。後にスクラップ
ポルフィド[Porfido]
1940年11月 9日CRDAモンファルコーネにて起工
1941年 8月23日進水
1942年 1月24日竣工
1942年中盤〜第二次大戦に参加(戦果なし)。北アフリカ沿岸で行動
      12月 6日アンナバ(アルジェリア)沖にて英潜「ティグリス」の雷撃を受け沈没
ヴォルフラミオ[Volframio]
1940年12月16日トシ社にて起工
1941年11月 9日進水
1942年 2月15日竣工
1942年後半〜第二次大戦に参加(戦果なし)。地中海方面で行動
1943年 9月 8日イタリア降伏に伴いラ・スペーツィアにて自沈
 ドイツ軍の手により浮揚されるが修理は実施されず
1944年ラ・スペーツィアにて連合軍機の爆撃を受け再度沈没


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