ライモンド・モンテクッコリ型 軽巡洋艦

"Raimondo Montecuccoli" Class Light Cruisers (Condottieri 3rd Group)
Incrociatore Leggero Classe "Raimondo Montecuccoli" (Condottieri tipo3)


イタリア王国海軍


Muzio Attendolo
スペックデータ(データはMontecuccoliのもの)
排水量:(満)8,853t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×6基 燃料搭載量:重油1,180t
全長:(全)182.20m
全幅:16.60m 主機:Belluzzo式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:5.6m(平均値)
出力:106,000hp
武装:
53口径6inch連装砲4基、47口径10cm連装高角砲3基、
54口径37mm連装機関砲4基、21inch魚雷連装発射管2基、
水偵2機搭載、(機雷96個搭載可能)
最大速力:37.0kt
航続距離:18ktで4,122浬
乗員定数:578〜648名

同型艦名(2隻)
ライモンド・モンテクッコリ[Raimondo Montecuccoli]ムツィオ・アッテンドーロ[Muzio Attendolo]

ライモンド・モンテクッコリ型軽巡洋艦について
 「カドルナ」型に続いて建 造が計画された軽巡洋艦。嚮導(コンドッティエリ)型軽巡としては第3グループになるが、イタリア軽 巡の設計思想から見ると第2世代 (「ジュッサーノ」型と 「カドルナ」型が第1世代)となる。
 「カドルナ」型よりも船体は大型化し、兵装は変わらないが防御装甲は倍以上に強化されており、艦橋 部もこれまでの多脚楼から円錐型の塔型に変更されている。また「カドルナ」型で艦中央に移されたもの の埋め込み式であった水偵用カタパルトは限定旋回式に改められたため、舷側左右方向に射出方向を変更 できるようになっている。一気に2,000トンあまりも排水量が増加しているが機関も強化されており、 船体も細長くなっているため最高速度の低下は無く、イタリアらしいスタイリッシュな艦として以降建造 される軽巡の原型としてとらえられることが多い。
 ネームシップである「モンテクッコリ」は第二次大戦を生き延び、戦後もイタリア海軍の練習艦として 1960年代まで使用されているが、姉妹艦である「アッテンドーロ」は1942年にナポリで爆撃を受 け戦没している。

ライモンド・モンテクッコリ型軽巡洋艦の歴史
ライモンド・モンテクッコリ[Raimondo Montecuccoli]
1931年10月 1日アンサルド[Ansaldo]社にて起工
1934年 8月 2日進水
1935年 6月30日竣工
1937年〜日中戦争勃発により極東での伊権益を保護するため上海へ派遣される
1939年〜本国へ帰還し、第8戦隊に転属する
1940年 6月〜第7巡洋艦戦隊に所属し、第二次大戦に参加
      7月 9日カラブリア岬沖海戦に参加
      8月〜北アフリカへの船団護衛や機雷敷設任務などに従事
     12月コルフ海峡にてギリシア砲撃に参加
1941年 4月ボン岬沖にて機雷敷設任務に従事
      8月24日マルタ島への英船団を補足するため出撃するが会敵できずに終わる
     12月16日北アフリカへの船団護衛に従事。第1シルテ湾海戦に参加
1942年 5月〜マルタ島への英船団や英機雷敷設艦を補足するため出撃する
      6月15日英輸送船団の護衛艦隊と交戦(パンテレリア沖海戦)
     12月 4日ナポリにて米軍機の爆撃を受け損傷
1943年初頭〜修理を実施。完了は同年中旬
      8月〜連合軍索敵のためラ・スペーツィアを出撃するが途中でイタリア降伏となる
 イタリア降伏後は連合軍の輸送任務に使用される
1947年連合国との和平条約によりイタリア海軍籍に復帰
1953年第2砲塔を撤去し、練習艦に改造される
1964年 6月 1日除籍。後にスクラップとして解体処分される
ムツィオ・アッテンドーロ[Muzio Attendolo]
1931年 4月10日CRDA[Cantieri Riuniti dell' Adriatico]社にて起工
1934年 9月 9日進水
1935年 8月 7日竣工
1940年 6月〜第2戦隊に所属し、第二次大戦に参加
      7月 9日カラブリア岬沖海戦に参加
     12月〜アルバニア方面への通商路確保のため哨戒任務に従事
1941年 4月〜ボン岬沖、トリポリ沖などへの機雷敷設任務に従事
     10月〜北アフリカへの船団護衛に従事
     12月16日第1シルテ湾海戦に参加
1942年 8月マルタ島への英船団補足のため出撃。連合軍機の雷撃を受け損傷する
      9月〜ナポリにて修理を実施
     12月 4日ナポリにて修理中に米軍機の爆撃を受け大破着底する
 戦後浮揚させて防空巡洋艦に改修する計画もあったが、スクラップとして解体処分された


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