ルイジ・カドルナ型 軽巡洋艦

"Luigi Cadorna" Class Light Cruisers (Condottieri 2nd Group)
Incrociatore Leggero Classe "Luigi Cadorna" (Condottieri tipo2)


イタリア王国海軍


Luigi Cadorna
スペックデータ(排水量はCadornaのもの)
排水量:(満)7,113t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×6基 燃料搭載量:重油1,090t
全長:(全)169.30m
全幅:15.50m 主機:Parsons式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:5.50m
出力:95,000hp
武装:
53口径6inch連装砲4基、47口径10cm連装高角砲3基、
65口径20mm連装機関砲6〜8基、21inch魚雷連装発射管
4基、水偵2機搭載、(機雷84〜138個)
最大速力:36.5kt
航続距離:16ktで2,930浬
乗員定数:544名

同型艦名(2隻)
ルイジ・カドルナ[Luigi Cadorna]アルマンド・ディアス[Armando Diaz]

ルイジ・カドルナ型軽巡洋艦について
 「ジュッサーノ」型に続 いて計画された嚮導(コンドッティエリ)型軽巡洋艦第2グループ。基本的に は「ジュッサーノ」型の改良型であるため搭載兵装などに差異は無いが、トップヘビーで復原性能の低か った「ジュッサーノ」型を教訓としたため、艦橋や煙突などの上部構造物をコンパクトにまとめ、高さも 低くすることで船体重心を低下させている。
 主砲塔はサイズが若干大型化され内部での操作性を改善しており、イタリア大型艦の特徴であった艦首 部の航空艤装は船体中央部(後部煙突後方)へ移されたため、主砲砲撃下でも水偵の発進が可能となった (ただしカタパルトは依然として埋め込み式であったため射出方向は艦右前方に固定されていた)。
 また機雷敷設のための装備も搭載していたが、「ジュッサーノ」型と同様に機雷を搭載する場合は他の 兵装使用に制限が加わることもあった。
 姉妹艦の「ディアス」は1941年に戦没したが、ネームシップである「カドルナ」は大戦を生き残り 戦後1950年代初頭までイタリア海軍に所属していた。

ルイジ・カドルナ型軽巡洋艦の歴史
ルイジ・カドルナ[Luigi Cadorna]
1930年 9月30日CRDA[Cantieri Riuniti dell' Adriatico]社にて起工
1931年 9月30日進水
1933年 8月11日竣工
1936年スペイン内乱に際し、スペイン近海にて警戒任務に従事
1939年 4月アルバニア侵攻に参加
1940年 6月〜第4巡洋艦戦隊に所属し、第二次大戦に参加
      7月 9日カラブリア岬沖海戦に参加
1941年 2月12日予備役船となる(装甲貧弱のため出撃停止)
     11月再就役。北アフリカへの物資輸送任務に従事
1942年 1月〜ポーラにて訓練任務に従事
1943年 6月〜第8戦隊に所属し、アルバニアへの兵員輸送に従事
      8月タラント湾口への機雷敷設任務に従事
      9月 8日タラント軍港にて休戦を迎え、以降連合軍の輸送任務に使用される
1947年 2月10日連合国との和平条約によりイタリア海軍籍に復帰。練習艦として使用される
1951年 5月 1日除籍。後にスクラップとして解体処分される
アルマンド・ディアス[Armando Diaz]
1930年 7月28日OTO[Odero Terni Orlando]ラ・スペーツィア造船所にて起工
1932年 7月10日進水
1933年 4月29日竣工
1936年スペイン内乱に際し、スペイン近海にて警戒任務に従事
1940年 6月〜第4巡洋艦戦隊に所属し、第二次大戦に参加
      7月 9日カラブリア岬沖海戦に参加
     10月〜アルバニア方面にて哨戒任務に従事
1941年 2月〜トリポリへの船団護衛任務に従事
      2月25日ケルケナ諸島沖にて英潜水艦「アプライト」[Upright]の雷撃を受け沈没


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