砲艦 カッターロ

Gunboat "Cattaro"
Cannoniere "Cattaro"


ドイツ帝国海軍→ユーゴスラビア海軍→イタリア王国海軍 他
ドイツ帝国海軍 ユーゴスラビア海軍 イタリア海軍 ドイツ海軍


Dalmacija
「カッターロ」(ユーゴスラビア海軍「ダルマチア」時代の写真)
スペックデータ(伊海軍編入時)
排水量:(基)2,360t ボイラー:Thornycroft罐・石炭専焼×8基 燃料搭載量:石炭625t
全長:(全)105.0m
全幅:12.2m 主機:直立型往復動蒸気機関(3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:5.3m
出力:8,000hp
武装:
53口径83mm単装砲6基、70口径20mm単装機関砲6基
最大速力:16.0kt
航続距離:11ktで4,000浬
乗員定数:329名

同型艦名(1隻)
カッターロ [Cattaro]

砲艦カッターロについて

 元々はドイツ帝国海軍が19世紀末に建造した小型巡洋艦「ガゼル」[Gazelle]型の二番艦「ニオベ」[Niobe]であるが、第一次大戦で敗戦したドイツが1920年代にユーゴスラビアへ売却し、第二次大戦が始まってユーゴスラビアが枢軸軍に侵攻されるとイタリア海軍に捕獲されている。

 ドイツ帝国海軍では沿岸部の防衛任務に従事しており、ユーゴスラビア海軍でも砲術練習船として使用されるなど、あまり第一線で活躍したとは言い切れない艦であったが、イタリア海軍接収後は砲艦に類別され船団護衛などに従事した。イタリア降伏後はドイツに接収となり、ドイツ海軍編入後は艦名を「ニオベ」に戻している。ドイツ海軍では砲を高射砲へ換装して防空艦へ改修しているが、船団護衛中に連合軍魚雷艇の攻撃を受け大破し放棄された。


砲艦カッターロの歴史
カッターロ [Cattaro]
1898年 8月30日AGヴェーザー[AG Weser]社にて起工
1899年 7月18日進水
1900年 6月25日竣工。独海軍巡洋艦「ニオベ」として就役
1914年〜第一次大戦に参加。沿岸部での防衛任務などに従事
1925年 6月24日ユーゴスラビアへ売却
1925年〜6年近代化改修を実施。艦首部ラム(衝角)をクリッパー型艦首へ改修
1926年 3月 9日ユーゴスラビア海軍へ引き渡し
艦名を「ダルマチア」[Dalmacija]と改名し砲術練習艦となる
1941年 4月17日枢軸軍の侵攻を受けユーゴスラビアは降伏
当艦はコトル[Kotor]にてイタリア軍に捕獲される
 イタリア海軍に編入。艦名を「カッターロ」と改名。船団護衛などに従事
1942年(?)護衛任務中、英潜「トラベラー」の雷撃を受けるも命中せず
1943年 9月11日イタリア降伏に伴い、ポーラにて独軍に接収
艦名を「ニオベ」と改名し独海軍へ編入。防空艦へ改修され船団護衛に従事
      12月19日シルバ島(現クロアチア領)沖にて連合軍魚雷艇の攻撃を受け大破
修理不能と判断され放棄。その後浸水着底
1947年浮揚。49年解体処分


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