クインティノ・セラ型 駆逐艦

"Quintino Sella" Class Destroyers
Cacciatorpediniere Classe "Quintino Sella"


イタリア王国海軍


Quintino Sella
スペックデータ
排水量:(基)950t ボイラー:メーカー不詳罐・重油専焼×3基 燃料搭載量:重油330t
全長:(全)84.9m
全幅:8.6m 主機:メーカー不詳ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:3.6m
出力:35,000hp
武装:
45口径12cm連装砲1基、同単装砲1基(後に連装2基へ改修)、39口径
40mm単装機関砲2基、21inch魚雷連装発射管2基、機雷40個搭載可能
最大速力:35.0kt
航続距離:14ktで1,800浬
乗員定数:125名

同型艦名(4隻)
クインティノ・セラ[Quintino Sella]フランチェスコ・クリスピ[Francesco Crispi]
ジョヴァンニ・ニコテラ[Giovanni Nicotera]ベティーノ・リカーソリ[Bettino Ricasoli]

クインティノ・セラ型駆逐艦について
 第一次大戦中に建造された小型駆逐艦の改良型として1926年度計画で建造された艦。第一次大戦時 の前モデルに比べ主砲口径(10.2センチから12センチ)や搭載魚雷(45センチから53.3セン チ)などが大型化しており強力なものとなっている。
 船体が基準排水量1,000トン未満と小型だったため、同時代に建造された他国駆逐艦に比べて航続 距離は短かったが、イタリア海軍自体の戦略が本国を中心とした地中海の域を出なかったためあまり問題 視されなかったようだ。
 全部で4隻の姉妹艦が建造されているが、うち2隻は第二次大戦参戦前にスウェーデンへ売却されてい るため、参戦したのはイタリアに残った2隻のみで、その2隻は戦没してしまった。

クインティノ・セラ型駆逐艦の歴史
クインティノ・セラ[Quintino Sella]
1922年10月12日パティソン[Pattison]造船所(ナポリ)にて起工
1925年 4月25日進水
1926年 3月25日竣工
1929年前部主砲を単装から連装へ換装
1940年 6月〜第二次大戦参戦のため戦争状態へ突入。エーゲ海にて行動
1943年 9月11日イタリア降伏のためタラント港を脱出。港外で独魚雷艇と交戦、沈没
フランチェスコ・クリスピ[Francesco Crispi]
1923年 2月21日パティソン造船所にて起工
1925年 9月12日進水
1927年 4月29日竣工
1929年前部主砲を単装から連装へ換装
1940年 6月〜第二次大戦参戦のため戦争状態へ突入。エーゲ海にて行動
1943年 9月 8日イタリア降伏のためドイツ軍に接収
     10月30日ドイツ海軍籍へ編入。水雷艇「TA.15」と改名
1944年 3月 8日クレタ島にて連合軍機の爆撃を受け沈没
 独軍の手で浮揚され、修理のためピラエフス(ギリシア)へ曳航される
     10月12日ピラエフスにて英軍機の爆撃を受け再度沈没
ジョヴァンニ・ニコテラ[Giovanni Nicotera]
1925年 5月 6日パティソン造船所にて起工
1926年 6月24日進水
1927年 1月 8日竣工
1929年前部主砲を単装から連装へ換装
1940年スウェーデンに売却され、スウェーデン駆逐艦「プシランダー」[Psilander]と改名
      5月 1日イタリア海軍除籍
1947年 6月13日スウェーデン海軍除籍。後にスクラップとして解体される
ベティーノ・リカーソリ[Bettino Ricasoli]
1923年 1月11日パティソン造船所にて起工
1926年 1月29日進水
     12月11日竣工
1929年前部主砲を単装から連装へ換装
1940年スウェーデンに売却され、スウェーデン駆逐艦「プーケ」[Puke]と改名
      3月 1日イタリア海軍除籍
1947年 6月16日スウェーデン海軍除籍。後にスクラップとして解体される


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