コンテ・デ・カブール型 戦艦

"Conte di Cavour" Class BattleShips
Navi da battaglia della classe "Conte di Cavour"


イタリア王国海軍


Conte di Cavour
スペックデータ(1937年改装後のデータ)
排水量:(満)29,100t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×8基 燃料搭載量:重油2,250t
全長:(全)186.39m
全幅:28.01m 主機:Belluzzo式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:10.36m
出力:93,000hp
武装:
43.8口径32cm3連装砲2基、同連装砲2基、50口径12cm連装砲6基、
47口径10cm連装高角砲4基、54口径37mm連装高射機関砲8基、
(後に65口径20mm機関砲12門を増設)
最大速力:28.0kt
航続距離:10ktで4,800浬
乗員定数:1,236名

同型艦名(3隻)
コンテ・デ・カブール
[Conte di Cavour]
ジュリオ・チェーザレ
[Giulio Cesare]
レオナルド・ダ・ヴィンチ
[Leonardo Da Vinci]

コンテ・デ・カブール型戦艦について
 第一次大戦中に竣工した旧式戦艦。イタリア海軍が建造した2番目のド級戦艦である(最初のド級戦艦は第 一次大戦前に竣工し第一次大戦でイタリア艦隊旗艦を勤めた「ダンテ・アリギエーリ」[Dante Alighieri]( 1913年竣工、1928年退役))。
 イタリアらしくスタイリッシュにまとめられた艦型をしており、艦の両端に近い主砲塔(艦前部から順番に 1番、2番と番号を振った場合、当艦は砲塔は4基あるため両端の砲塔は前部が1番、後部が4番となる)は 3連装、艦中央側の砲塔(2番と3番)は連装となっている。ただし主砲口径は竣工直後の30.5センチ (12インチ)から大改修の際に32センチへ拡大されている。3隻とも第一次大戦中に竣工したが大きな作 戦に参加したことはなく、3番艦である「レオナルド・ダ・ヴィンチ」は1916年に爆発事故をおこし沈没、 浮揚されたものの再度転覆したため放棄されてしまった。
 残った2隻「コンテ・デ・カブール」「ジュリオ・チェーザレ」は1930年代に近代化改修を受け、第二 次大戦にも参加しているが、大戦初期に英艦隊と砲火を交えた以外は軍港の防御に徹し(英軍航空機による封 じ込めが大きな原因であるが、タラント軍港襲撃などでイタリア戦艦の弱い防御力を露呈してしまい、伊海軍 当局が大型艦による積極的な攻勢を行わなかったのも大きな要因であろう。)、「コンテ・デ・カブール」は 休戦に際して自沈した。戦後「ジュリオ・チェーザレ」はソビエトへ賠償艦として引き渡されている。

コンテ・デ・カブール型戦艦の歴史
コンテ・デ・カブール[Conte di Cavour]
1910年 8月10日ラ・スペーツィア[La Spezia]工廠にて起工
1911年 8月10日進水
1915年 8月 1日竣工
1916年〜第一次大戦に参加。アドリア海方面で行動
1925年改修工事を実施
1928年 5月12日予備役へ編入
1933年10月近代化改修工事を実施。完了は1937年
1937年 6月 1日戦列艦へ復帰
1940年 6月〜第二次大戦に参加
      7月 9日英艦隊と交戦(カラブリア岬沖海戦)
      8月〜マルタ島付近で英艦隊に対する作戦活動を行う
     11月12日タラント軍港にて英海軍機の攻撃を受け大破着底
1941年 7月浮揚後、トリエステに回航される
1943年修理は進まず、乾ドック内で休戦を迎える
     10月10日近海にて自沈処分となる
1944年ドイツ軍の手により浮揚される
1945年 2月15日米軍機の攻撃を受け再度沈没
1948年浮揚後、スクラップとして解体処分される
ジュリオ・チェーザレ[Giulio Cesare]
1910年 6月24日ティレニア[Tirreno]造船所にて起工
1911年10月 5日進水
1914年 5月14日竣工
1916年〜第一次大戦に参加。アドリア海方面で行動
1926年改修工事を実施
1928年砲術練習艦として訓練任務に従事
1933年10月近代化改修工事を実施。完了は1937年
1937年10月 1日戦列艦へ復帰
1940年 6月〜第二次大戦に参加
      7月 9日英艦隊と交戦(カラブリア岬沖海戦)
      8月〜マルタ島付近で英艦隊に対する作戦活動を行う
     11月12日タラント軍港にて英海軍機の攻撃を受け損傷
1941年 1月 8日ナポリにて英海軍機の攻撃を受けるも損傷は軽微
     12月15日〜北アフリカ方面へ派遣
1942年タラント軍港の警備任務に従事
1943年 1月〜ユーゴスラビアにて練習船として使用される
      9月イタリアの休戦を受けてマルタへ回航される
1944年 6月タラントへ回航される
1947年 2月10日戦時賠償としてソビエトへの引き渡しが決定される
1949年 2月セバストーポリへ回航、ソビエト海軍軍艦
「ノボロシスク」[Новороссийск (Novorossiisk)]として黒海艦隊に所属
1955年10月29日セバストーポリにて沈没。原因不明(触雷もしくは爆発事故?)
レオナルド・ダ・ヴィンチ[Leonardo Da Vinci]
1910年 7月24日オデロ[Odero]造船所にて起工
1911年10月14日進水
1914年 5月17日竣工
1916年 8月 2日タラント軍港にて爆発事故をおこし転覆沈没
1919年11月浮揚されるが、再度転覆する
1921年 1月23日放棄が決定、除籍される
1923年浮揚後、解体処分される


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