T1型 水雷艇

"T1" Class Torpedo Boats (Type1935)
Torpedoboote "T1" Klasse (Typ1935)


ドイツ海軍 ドイツ海軍


T11
スペックデータ
排水量:(基)844t ボイラー:Wagner罐・重油専焼×4基 燃料搭載量:不明
全長:(全)84.3m
全幅:8.62m 主機:Wagner式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:2.94m
出力:31,000hp
武装:
45口径10.5cm単装砲1基、65口径20mm単装機関砲2〜12基、
53.3cm魚雷3連装発射管2基、機雷30〜60個搭載
(一部艦はバウ・チェイサーとして83口径37mm単装機関砲1基を搭載)
最大速力:35.0kt
航続距離:19ktで1,070浬
乗員定数:119名

同型艦名
T1[T1]T2[T2]T3[T3]T4[T4]T5[T5]T6[T6]
T7[T7]T8[T8]T9[T9]T10[T10]T11[T11]T12[T12]

T1型水雷艇について
 「メーヴェ」型「ヴォルフ」型を建造してから約 10年程は水雷艇の新規建造を行わなかったドイツが、第二世代の水雷艇として1933年に計画した 水雷艇。船体形状は平甲板型とされ、艦橋の拡大や艦前部へ兵装を搭載しないことなど従前の水雷艇と は異なったアプローチで設計されている。しかし扱いにくい高圧機関を搭載したことや搭載砲を減じて 主兵装を魚雷に限ったことによって保守性や汎用性に疑問符が付き、失敗作的な扱いをする関係者も多 かったという。
 第二次大戦開戦直後から順次竣工した当クラスは駆逐艦の代替戦力として沿岸部での警備任務や哨戒 任務、機雷敷設任務などに従事しており、約半数が戦没した。

T1型水雷艇の歴史
T1[T1]
1936年11月14日シーシャウ社にて起工
1938年 2月19日進水
1939年12月 2日竣工
 フランス沿岸やノルウェー近海にて作戦行動
1942年 2月英仏海峡突破作戦(ツェルベルス作戦)に参加
 バルト海にて機雷敷設や護衛任務に従事
1945年 4月 9日ドイチェ・ヴェルケ社ドックに入渠中、連合軍機の爆撃を受け大破着底
1946年 5月20日浮揚後、解体処分される
T2[T2]
1936年11月14日シーシャウ社にて起工
1938年 4月 7日進水
1939年12月 9日竣工
 北海やノルウェー近海にて作戦行動
1942年 2月英仏海峡突破作戦(ツェルベルス作戦)に参加
 バルト海にて訓練や護衛任務に従事
1944年 7月29日デシマーグ社ドックに入渠中、米軍機の爆撃を受け大破着底
      9月27日浮揚後、クックスハーフェンへ曳航されるが修理されず放置となる
1946年スクラップとして解体処分される
T3[T3]
1936年11月14日シーシャウ社にて起工
1938年 6月23日進水
1940年 4月 3日竣工
 北海やノルウェー近海、フランス沿岸などにて作戦行動
      9月18日ル・アーブルにて英軍機の爆撃を受け大破着底。浮揚後、修理を実施
1943年12月12日修理完了後、戦線へ復帰
1945年 1月 6日(4日説も有り)バルト海にてソ潜「S-4」を撃沈
      3月14日ヘラ(ポーランド)沖にて触雷沈没
T4[T4]
1936年12月29日シーシャウ社にて起工
1938年 4月15日進水
1940年 5月27日竣工
 北海やノルウェー近海、フランス沿岸などにて作戦行動
1942年 2月英仏海峡突破作戦(ツェルベルス作戦)に参加
 バルト海にて訓練や護衛任務に従事
1945年敗戦降伏のためアメリカ軍に捕獲される
1948年米国からデンマークへ供与される
1950年水雷艇指揮艦への改修計画を断念
1952年 2月スクラップとなる
T5[T5]
1936年12月30日デシマーグ社にて起工
1938年11月22日進水
1940年 1月23日竣工
 北海やノルウェー近海、フランス沿岸などにて作戦行動
1942年 2月英仏海峡突破作戦(ツェルベルス作戦)に参加
 バルト海にて訓練や護衛任務に従事
1945年 3月14日ヘラ沖にて触雷沈没
T6[T6]
1937年 1月 9日デシマーグ社にて起工
     12月16日進水
1940年 4月30日竣工
 北海やフランス沿岸、ノルウェー近海などにて作戦行動
     11月 7日キネアーズ岬(イギリス)沖にて触雷沈没
T7[T7]
1937年 8月20日デシマーグ社にて起工
1938年 6月18日進水
1939年12月20日竣工
 北海やノルウェー近海などにて作戦行動
1942年 2月英仏海峡突破作戦(ツェルベルス作戦)に参加
 バルト海にて訓練や護衛任務に従事
1944年 7月29日デシマーグ社ドックに入渠中、米軍機の爆撃を受け大破着底
     10月25日浮揚されるが修理は実施されず
1947年スクラップとして解体処分される
T8[T8]
1937年 8月28日デシマーグ社にて起工
1938年 8月10日進水
1939年10月 8日竣工
 北海やノルウェー近海、フランス沿岸などにて作戦行動
1942年 2月英仏海峡突破作戦(ツェルベルス作戦)に参加
 バルト海にて訓練や護衛任務に従事
1945年 5月 3日敗戦のためキール(ドイツ)沖にて自沈
T9[T9]
1936年11月24日シーシャウ社にて起工
1938年11月 3日進水
1940年 7月 4日竣工
 北海やノルウェー近海、フランス沿岸などにて作戦行動
1942年 2月英仏海峡突破作戦(ツェルベルス作戦)に参加
 バルト海にて訓練や護衛任務に従事
1945年 5月 3日敗戦のためキール(ドイツ)沖にて自沈
T10[T10]
1936年11月24日シーシャウ社にて起工
1939年 1月19日進水
1940年 8月 6日竣工
 北海やノルウェー近海、フランス沿岸などにて作戦行動
1942年 2月英仏海峡突破作戦(ツェルベルス作戦)に参加
 バルト海にて訓練や護衛任務に従事
1944年12月18日ゴーテンハーフェンにて入渠中に英軍機の爆撃を受け大破、放棄となる
T11[T11]
1938年 7月 1日デシマーグ社にて起工
1939年 3月 1日進水
1940年 5月 7日竣工
 北海やノルウェー近海、フランス沿岸などにて作戦行動
1942年 2月英仏海峡突破作戦(ツェルベルス作戦)に参加
 バルト海にて訓練や護衛任務に従事
1946年 2月敗戦降伏のためイギリス軍に捕獲される
1948年英国からフランスへ供与され、艇名を「ビル・アケム」[Bir Hakeim]と改名
1951年10月仏海軍除籍
T12[T12]
1938年 8月20日デシマーグ社にて起工
1939年 4月12日進水
1940年 7月 3日竣工
 北海やノルウェー近海、フランス沿岸などにて作戦行動
1942年 2月英仏海峡突破作戦(ツェルベルス作戦)に参加
 バルト海にて訓練や護衛任務に従事
1945年12月27日戦時賠償としてソビエトに引き渡される
1946年 2月26日赤軍艦籍に編入され、艇名を「ポドヴィジュヌイ」[Подвижны (Podvizhny)]と改名
1953年 4月 8日非武装化され、実験船として使用されるようになる
1954年12月艇名を「キト」[Кит (Kit)]と改名
時期不明(53〜54年の間?)核実験の標的船に使用され高レベルの放射能汚染を受ける
1950年代中頃自沈処分となる
1959年 3月13日ソビエト海軍除籍。1991年に浮揚されスクラップ処分となる


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