シュペークロイツァー(偵察巡洋艦)計画

Reconnaisance Cruisers Plan
Spähkreuzer Plan


ドイツ海軍 ドイツ海軍


Spahkreuzer(1938年計画)
スペックデータ(1940年計画値)
排水量:(満)7,500t ボイラー:不明 燃料搭載量:重油820t
全長:(全)162.0m
全幅:15.98m 主機:Wagner式ギヤードタービン×2基、2軸推進および
    巡航用にMAN社製6気筒ディーゼルエンジン×4基、1軸推進
吃水:4.90m
出力:77,500hp(タービン)
(ディーゼル:12,000hp)
武装:
48口径15cm連装砲3基、76口径8.8cm高角砲4門、
83口径37mm連装機関砲5基、65口径20mm機関砲12門
21inch魚雷発射管10門、機雷50個、水偵1機搭載
最大速力:36.2kt
航続距離:17ktで12,000浬
(ディーゼル併用の数値)
乗員定数:538名

同型艦名(計画中止6隻)
SP1〜SP6の6隻が計画された

シュペークロイツァー(偵察巡洋艦)計画について
 大西洋における通商破壊作戦を戦略の一つとしていたドイツ海軍では、目標とする船団を発見・追跡 するために必要な偵察艦の建造を計画することになった。1938年から研究がスタートしたこの偵察 艦は「シュペークロイツァー(偵察巡洋艦)」と呼ばれることになった。船体サイズは初期の軽巡に匹 敵する大きさを持っており、艦種名にも巡洋艦の名称が含まれているが、ドイツ海軍内では超大型の駆 逐艦的な位置づけがされている(当サイトでは駆逐艦では無く巡洋艦の項で扱った)。
 第二次大戦が始まり幾つかの戦訓が盛り込まれ計画は幾度か修正されたが、1941年になって最初 の3隻(これらはSP1〜SP3の計画番号が振られていたが、実際の艦名は駆逐艦の例にならったZ 40〜Z42の艦名が予定された)の建造が開始された。
 Z計画で計画された駆逐艦(1938年B型)よりも大きな船体を持ち、タービンとディーゼルを併 用するという、これまでの独軽巡と同様の方式を採用した艦であったが、1942年夏に建造は中止さ れ、不要不急の艦として1943年には計画自体も撤回されてしまっている。

シュペークロイツァー(偵察巡洋艦)の歴史
SP1(Z40)[SP.1 (ex Z40)]
1941年ゲルマニア造船所にて起工
1942年 4月建造中止となる
1943年船台上でスクラップとして解体処分される
SP2(Z41)[SP.2 (ex Z41)]
1941年 2月建造発注される。ゲルマニア造船所にて建造予定だった
1942年 4月発注取り消しとなる
SP3(Z42)[SP.3 (ex Z42)]
1941年 2月建造発注される。ゲルマニア造船所にて建造予定だった
1942年 4月発注取り消しとなる
SP4[SP.4]
1941年12月ディーゼル機関の調達発注がされる。建造はゲルマニア造船所を予定
1942年 4月発注取り消しとなる
SP5[SP.5]
1941年12月ディーゼル機関の調達発注がされる。建造はゲルマニア造船所を予定
1942年 4月発注取り消しとなる
SP6[SP.6]
1941年12月ディーゼル機関の調達発注がされる。建造はゲルマニア造船所を予定
1942年 4月発注取り消しとなる


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