シュレージェン型 戦艦

"Schlesien" Class("Deutschland" Class) BattleShips
Schlachtschiff der "Schlesien" Klasse


ドイツ海軍 ドイツ海軍


Schlesien
スペックデータ
排水量:(満)14,218t ボイラー:メーカー不詳石炭専焼罐×8基・重油専焼罐×6基 燃料搭載量:石炭2,530t
        重油  200t
全長:(全)127.6m
全幅:22.8m 主機:直立型往復動蒸気機械×3基、3軸推進
吃水:8.2m
出力:20,000hp
武装:
40口径28.3cm連装砲2基、40口径17cm単装砲14基
(1931年に45口径15cm単装砲14基に換装)、45口径88mm
単装高角砲20基、45cm魚雷発射管6門
最大速力:18.5kt
航続距離:12ktで5,600浬
乗員定数:727名

同型艦名(2隻:第二次大戦に参加した艦のみ)
シュレージェン[Schlesien]シュレスヴィヒホルスタイン[Schleswig Holstein]  

シュレージェン型戦艦について
 第一次大戦で敗北したドイツは大半の軍備保有を認められなくなったのだが、海軍力として旧式な戦艦 「ドイッチュランド」[Deutschland]型など6隻の保有だけがかろうじて認められた。ヒトラーが提唱した 再軍備計画によって1930年代に戦艦の建造が開始されるまで、これらの戦艦はドイツ海軍の中心的存 在として活躍していたが、新鋭艦の就役が始まると順次退役していった。
 第二次大戦開戦直前、これら旧式戦艦のうち2隻(「ドイッチュランド」型戦艦のうち「シュレージェ ン」と「シュレスヴィヒホルスタイン」)が現役(練習戦艦)として残っており、開戦初頭の対ポーラン ド戦に投入され、バルト海からポーランド領ダンツィヒに向けて艦砲射撃を行っている。
 大戦中にはバルト海沿岸で支援砲撃や輸送任務などに従事していたが、大戦末期になって両艦とも損傷 し、修理も出来ないまま自沈処分となっている。
※当艦は正確には「ドイッチュランド」型戦艦であるが、第二次大戦中に同名の 装甲艦「ドイッチュランド」が 就役しており、混同を避けるために第二次大戦開戦時に現存していた4番艦「シュレージェン」の名称を 取って「シュレージェン」型戦艦と当サイトでは呼称した。

シュレージェン型戦艦の歴史
シュレージェン[Schlesien]
1905年シーシャウ社(ダンツィヒ)にて起工
1906年 5月28日進水
1908年 5月 5日竣工
1914年〜第2戦隊に所属し、第一次大戦に参加
1916年 5月31日ジュットランド海戦に参加
1917年〜練習艦として使用される
1926年〜改修工事を実施。完了は翌年
1939年 9月第二次大戦勃発。ポーランド領を砲撃
1941年〜バルト海にて輸送任務や機雷敷設任務などに従事
1945年 5月 4日ポーランド沿岸にて触雷。自力で浅瀬に乗り上げ沈没を免れる
 浅瀬に乗り上げたまま砲台として使用され、終戦を迎える
1949年スクラップとして処分開始。完了は1957年
シュレスヴィヒホルスタイン[Schleswig Holstein]
1905年 8月ゲルマニア造船所(キール)にて起工
1906年12月 7日進水
1908年 7月 6日竣工
1914年〜第2戦隊に所属し、第一次大戦に参加
1916年 5月31日ジュットランド海戦に参加
1917年〜保管船としてブレマーハーヴェンに係留される
1918年〜兵舎としてキール軍港に係留される
1925年〜改修工事を実施。完了は翌年
1930年〜再度、改修工事を実施。完了は翌年
1930年代初頭ドイツ海軍旗艦となる
1936年 8月〜士官学校の練習船として使用される
1939年 9月第二次大戦勃発。ポーランド領を砲撃
1941年〜バルト海にて輸送任務や機雷敷設任務などに従事
1944年12月ゴーテンハーフェンにて英軍機の爆撃を受け大破
1945年 3月侵攻してきたソビエト軍に鹵獲されないよう自沈処分、着底
1945年末戦後賠償としてソビエトに引き渡し。浮揚後タリンへ回航される
1946年〜標的艦として使用される
1956年フィンランド沖にて海没処分となる


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