シャルンホルスト型 巡洋戦艦

"Scharnhorst" Class BattleCrusers
Schlachtschiff der "Scharnhorst" Klasse


ドイツ海軍 ドイツ海軍


Scharnhorst
巡洋戦艦「シャルンホルスト」(1939年改修後)

下記写真はイーグルモス社発行「隔週刊 世界の軍艦コレクション」付属の模型です(クリックで拡大(要Javascript))
シャルンホルスト
第49号(2014.12.09)
巡洋戦艦「シャルンホルスト」1942年

スペックデータ(【 】内はGneisenauのデータ)
排水量:(満)38,100t ボイラー:Wagner罐・重油専焼×12基 燃料搭載量:重油6,200t
全長:(全)230.0m
艦首改造後は(全)235.0m
全幅:30.0m 主機:Brown-Boveri式ギヤードタービン×3基、3軸推進
   【Deschimag式ギヤードタービン×3基、3軸推進】
吃水:7.47m
出力:166,000hp
   【153,990hp】
武装:
54.5口径28cm3連装砲3基、55口径15cm連装砲4基、
同単装砲4基、65口径10.5cm連装砲7基、83口径37mm連装
高角砲8基、53.3cm魚雷3連装発射管2基、水偵3機搭載
最大速力:32.0kt
      【30.7kt】
航続距離:15ktで9,020浬
      【15ktで8,380浬】
乗員定数:1,630名

同型艦名(2隻)
シャルンホルスト[Scharnhorst]グナイゼナウ[Gneisenau]

シャルンホルスト型巡洋戦艦について
 ヒトラーによる再軍備計画として、まず装甲艦(俗に言うポケット戦艦)「ドイッチュランド」型の次に建造された巡洋戦艦。当初の計画では基準排水量2万トン未満で速力と防御力に重点を置いたポケット戦艦の拡大型を考えていたが、フランスが中型戦艦「ダンケルク」型の建造に着手したとの情報を入手したため、対抗して当艦も大型化することになった。
 1935年1月、ベルサイユ条約の破棄を受けて建造が開始された当艦は、「ドイッチュランド」型と同じ28センチ3連装砲を搭載していたが、艦型が大きくなったおかげで砲塔を3基搭載できている。また計画当初搭載を予定されていたディーゼルエンジンは高速発揮のためタービン機関へ変更されている。竣工時は艦首形状がほぼ垂直に近いものであったが、凌波性に問題があったため竣工直後に傾斜した形状へ改修された(「グナイゼナウ」は建造中に改修を実施したため、就役は「グナイゼナウ」の方が早かった)。この改修により艦の全長は若干延長されている。
 第二次大戦ではドイツ海軍らしく通商破壊作戦に投入され、姉妹艦2隻で戦隊を組んで大西洋方面で暴れ回った。しかし1943年12月に「シャルンホルスト」が英海軍部隊と交戦して沈没。「グナイゼナウ」もドーバー海峡で触雷後、修理のため碇泊していたキール軍港で連合軍機の爆撃を受け大破してしまい、生涯に終止符を打った。
 ちなみに、1940年6月に「シャルンホルスト」が英空母「グローリアス」を主砲砲撃で撃沈した際の砲撃命中距離(約24.2キロメートル)を、戦艦による遠距離対艦砲撃の最長命中距離としている資料もある。

シャルンホルスト型巡洋戦艦の歴史
シャルンホルスト[Scharnhorst]
1930年 6月30日ヴィルヘムスハーフェン海軍工廠にて起工(一時建造中止となる)
1935年 6月15日建造再開(この時点を起工としている資料もある)
1936年10月 3日進水
1939年 1月 7日竣工したが、引き続き艦首形状の改修工事を実施
     11月23日フェロー諸島沖海戦に参加。英特設巡洋艦「ラワルビンディ」を撃沈
1940年 4月ノルウェー攻略作戦を支援(ヴェーゼル演習作戦)
      4月 9日ナルヴィク沖海戦に参加。英戦艦「レナウン」と交戦
      6月 8日ノルウェー沖海戦に参加。英空母「グローリアス」、英駆「アカスタ」「アーデント」を撃沈
するも、「アカスタ」の雷撃が命中し損傷を負う
1941年 1月〜3月通商破壊作戦(ベルリン作戦)に従事
      4月〜仏ブレストにて修理を実施。修理完了後、訓練のため仏ラ・パリスへ出港
      7月24日仏ラ・パリスにて英軍機の爆撃を受け損傷を負う
      8月〜修理のため仏ブレストにて再度ドック入り。修理完了は同年12月
1942年 2月11日ツェルベルス作戦(ドーバー海峡突破作戦)に参加
西フリースラント諸島にて触雷、小破
      7月修理の後、戦線へ復帰。バルト海にて試験・訓練を実施
1943年 3月〜ノルウェー・アルタフィヨルドへ進出
      9月 6日スピッツベルゲン島を砲撃(シチリア作戦)
     12月25日敵輸送船団攻撃のためフィヨルドから出撃
     12月26日北岬沖海戦に参加。英戦艦「デューク・オブ・ヨーク」の砲撃を受け大破
航行不能となったところで英駆逐隊の雷撃を受け沈没
2000年 9月ノルウェー海軍により沈没位置が発見され、映像に記録される
グナイゼナウ[Gneisenau]
1934年12月 8日ドイッチュ・ヴェルケ社にて起工(一時建造中止となる)
1935年 5月 6日建造再開
1936年12月 8日進水
1938年 5月21日竣工
1939年11月23日フェロー諸島沖海戦に参加。英特設巡洋艦「ラワルビンディ」を撃沈
1940年 4月ノルウェー攻略作戦を支援(ヴェーゼル演習作戦)
      4月 9日ナルヴィク沖海戦に参加。英戦艦「レナウン」と交戦、損傷を負う
      6月 8日ノルウェー沖海戦に参加。英空母「グローリアス」等を撃沈
      6月20日ノルウェー沖にて英潜「クライド」の雷撃を受け損傷を負う
1941年 1月〜3月通商破壊作戦(ベルリン作戦)に従事
      4月仏ブレストにて英軍機の雷撃・爆撃を受け損傷を負う
1942年 2月11日ツェルベルス作戦(ドーバー海峡突破作戦)に参加。小破
      2月26日キール軍港で修理中に連合軍機の爆撃を受け大破着底
 浮揚後、兵装換装のためゴーテンハーフェンへ回航される
1943年ヒトラーの大型艦廃棄命令により兵装換装や修理工事を中止し廃艦が決定
 主砲は揚陸され、オランダおよびノルウェーの要塞砲へ転用される
1945年 3月23日ゴーテンハーフェンの閉塞船として自沈する
1947年解体され、スクラップとして処分される
1953年ノルウェー軍が接収したアウストロット要塞の砲(旧第3砲塔)が最後の射撃演習を実施
要塞は1968年に廃止。現在は公園・博物館となっており、砲塔も公開中


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