VIIA型 潜水艦

Submarine Type "VII A"
Unterseeboot Typ "VII A"


ドイツ海軍 ドイツ海軍


U-36
「U−36」
スペックデータ
排水量(水上):626t排水量(水中):745t全長:(全)64.51m
出力(水上):2,310hp出力(水中):750hp全幅:5.85m
最大速力(水上):17.0kt最大速力(水中):8.0kt吃水:4.37m
航続距離(水上):10ktで6,200浬航続距離(水中):4ktで94浬乗員数:42〜46名
燃料搭載量:重油67t安全潜行深度:100m
主機関:MAN製 M6V 40/46 ディーゼル機関×2基
      +Brown, Boveri & Cie (BBC)製 GG UB720/8電動モーター×2基 2軸推進
武装:
《魚雷11発搭載》21inch魚雷発射管5門(艦首4、艦尾1)、
45口径8.8cm単装砲1基、65口径20mm単装機関砲1基、
魚雷の代わりに機雷22個搭載可能

同型艦名(10隻)
U−27[U-27]U−28[U-28]U−29[U-29]U−30[U-30]
U−31[U-31]U−32[U-32]U−33[U-33]U−34[U-34]
U−35[U-35]U−36[U-36]  

VIIA型潜水艦について

 1933年から34年にかけて設計された航洋型潜水艦。最初に建造された航洋型潜水艦IA型に比べ小型化しており、航洋型としては最も小型のサイズに仕上がっている。これはドイツ海軍が航洋型潜水艦は500トンクラス(小型)と1,000トンクラス(大型)の二本立てで行くことを決定したためである。

 第一次大戦中に建造されたUBIII型潜水艦(こちらは沿岸用の攻撃型潜水艦であった)をベースに1920年代末期IvS社がフィンランド向けとして建造した艦の改良型として設計されており、耐圧殻の両脇に小型のサドルタンクを増設することで搭載燃料の増加が図られている。
 この小型航洋潜はVII型と名付けられており、奇をてらった新技術や構造的な工夫は何もなかったが性能的には良好だったため、以降ドイツ潜水艦隊の中核となるべく順次改良を加えられながら量産されていくことになった。
 当クラスはVII型の第一期生産型であり、1935年度計画から建造が開始され全部で10隻が竣工している。


VIIA型潜水艦の歴史
U−27[U-27]
1935年11月11日AGヴェーザー社[AG Weser]にて起工
1936年 6月24日進水
       8月12日就役。作戦任務に従事
1939年 9月〜第二次大戦勃発により戦争状態となる(哨戒任務1回)
通算戦果2隻(624t)撃沈
       9月20日スコットランド西方沖にて英駆「フォーチュン」「フォレスター」の攻撃を受け沈没
U−28[U-28]
1935年12月 2日AGヴェーザー社にて起工
1936年 7月14日進水
       8月29日就役。作戦任務に従事
1939年 9月〜第二次大戦勃発により戦争状態となる(哨戒任務6回)
通算戦果13隻(56,272t)撃沈、2隻(10,067t)損傷
1940年11月10日〜第24戦隊に転属。乗員訓練任務に従事
1943年12月〜第22戦隊に転属。乗員養成任務に従事
1944年 3月17日ノイシュタットの桟橋にて浸水事故のため着底
同月中に引き揚げられるが修理されず
       8月 4日除籍。放棄となる(後に解体処分)
U−29[U-29]
1936年 1月 2日AGヴェーザー社にて起工
       8月29日進水
      11月16日就役。作戦任務に従事
1939年 9月〜第二次大戦勃発により戦争状態となる(哨戒任務7回)
通算戦果12隻(85,265t)撃沈
      9月17日アイルランド西方にて英空母「カレイジャス」を撃沈
1941年 1月 2日〜第24戦隊に転属。乗員訓練任務に従事
1943年 9月 1日〜第23戦隊に転属。乗員訓練任務に従事
1943年12月〜第21戦隊に転属。乗員養成任務に従事
1945年 5月 4日クプファーミューレ湾にて自沈
1948年浮揚後、解体処分となる
U−30[U-30]
1936年 1月24日AGヴェーザー社にて起工
       8月 4日進水
      10月 8日就役。作戦任務に従事
1939年 9月〜第二次大戦勃発により戦争状態となる(哨戒任務8回)
通算戦果17隻(86,490t)撃沈、2隻(36,742t)損傷
       9月 3日貨客船「アシーニア」[Athenia]を撃沈(WW2最初の独潜による戦果)
1940年12月 1日〜第24戦隊に転属。乗員訓練任務に従事
1943年12月〜第22戦隊に転属。乗員養成任務に従事
1945年 5月 4日クプファーミューレ湾にて自沈
1948年浮揚後、解体処分となる
U−31[U-31]
1936年 3月 1日AGヴェーザー社にて起工
       9月25日進水
      12月28日就役。作戦任務に従事
1939年 9月〜第二次大戦勃発により戦争状態となる(哨戒任務7回)
通算戦果13隻(27,911t)撃沈、1隻(33,950t)損傷
1940年 3月11日ヤーデブーゼンにて英軍機の攻撃を受け損傷着底
同月中に浮揚され、修理が行われる
       7月 8日修理完了。戦線復帰
      11月 2日アイルランド沖にて英駆「アンテロープ」の攻撃を受け沈没
U−32[U-32]
1936年 3月15日AGヴェーザー社にて起工
1937年 2月25日進水
       4月15日就役。作戦任務に従事
1939年 9月〜第二次大戦勃発により戦争状態となる(哨戒任務9回)
通算戦果20隻(116,836t)撃沈、5隻(40,274t)損傷
1940年 9月 1日ダカール沖にて英軽巡「フィジー」を雷撃、損傷を負わせる
     10月28日貨客船「エンプレス・オブ・ブリテン」[Empress of Britain](42,350総トン)を撃沈
(WW2で独潜が沈めた最大の船舶)
     10月30日アイルランド沖にて英駆「ハーヴェスター」「ハイランダー」の攻撃を受け沈没
U−33[U-33]
1935年 9月 1日ゲルマニア造船所[Germaniawerft]にて起工
1936年 6月11日進水
       7月25日就役。作戦任務に従事
1939年 9月〜第二次大戦勃発により戦争状態となる(哨戒任務3回)
通算戦果11隻(22,931t)撃沈
1940年 2月12日ノース海峡にて英掃海艇「グリーナー」の攻撃を受け沈没
U−34[U-34]
1935年 9月15日ゲルマニア造船所にて起工
1936年 7月17日進水
       9月12日就役。作戦任務に従事
      12月スペイン内戦に参加。同月12日スペイン潜「C−3」を撃沈(未確認)
1939年 9月〜第二次大戦勃発により戦争状態となる(哨戒任務7回)
通算戦果24隻(99,311t)撃沈
       7月 5日アイルランド南沖にて英旧式駆「ホワールウィンド」を撃破
       8月 1日英潜「スピアフィッシュ」を撃沈
1940年 4月ノルウェー攻略を支援
同月13日、着底したノルウェー敷設艦「フレイヤ」を雷撃し破壊する
      10月 1日〜第21戦隊に転属。乗員養成任務に従事
      11月 2日〜第24戦隊に転属。乗員訓練任務に従事
1943年 8月 5日メーメル沖にて独潜水母艦「レヒ」[Lech]と衝突、沈没
       8月24日浮揚されるが修理は行われず、同年9月8日除籍、後に解体
U−35[U-35]
1935年 3月 2日ゲルマニア造船所にて起工
1936年 9月24日進水
      11月 3日就役。作戦任務に従事
1939年 9月〜第二次大戦勃発により戦争状態となる(哨戒任務3回)
通算戦果4隻(7,850t)撃沈、1隻(6,014t)損傷
      11月29日北海にて英駆「キングストン」「カシミール」「イカルス」の攻撃を受け沈没
U−36[U-36]
1936年 3月 2日ゲルマニア造船所にて起工
      11月 4日進水
      12月16日就役。乗員養成任務に従事
1939年 9月〜第二次大戦勃発。作戦任務に従事(哨戒任務2回)
通算戦果3隻(4,430t)撃沈
      12月 4日北海にて英潜「サーモン」の雷撃を受け沈没


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