IIC型 潜水艦

Submarine Type "II C"
Unterseeboot Typ "II C"


ドイツ海軍 ドイツ海軍


U-61
「U−61」
スペックデータ
排水量(水上):291t排水量(水中):341t全長:(全)43.90m
出力(水上):700hp出力(水中):410hp全幅:4.08m
最大速力(水上):12.0kt最大速力(水中):7.0kt吃水:3.82m
航続距離(水上):8ktで3,800浬航続距離(水中):4ktで42浬乗員数:22〜24名
燃料搭載量:重油23t安全潜行深度:80m
主機関:Motoren-Werke Mannheim (MWM)製RS127Sディーゼル機関×2基、
      +Siemens-Schuckertwerke (SSW)製PGVV322/26電動モーター×2基、2軸推進
武装:
《魚雷5発搭載》21inch魚雷発射管3門(艦首)、65口径20mm単装機関砲1基、
魚雷の代わりに機雷5〜12個搭載可能、
一部の艦は司令塔にも単装機関砲を増設

同型艦名(8隻)
U−56[U-56]U−57[U-57]U−58[U-58]U−59[U-59]
U−60[U-60]U−61[U-61]U−62[U-62]U−63[U-63]

IIC型潜水艦について

 IIB型に引き続いて建造された沿岸用小型潜水艦の改良型。IIB型の船体を更に延長することで搭載燃料を増加させ、航続距離の延伸が図られている。
 排水量の増加のために最高速度はIIB型に比べ若干低下しているが、電動モーターの強化により水中速度の低下は避けられた。また司令塔前方に対空機銃座が当初から設けられ、20ミリ単装機関砲が1基搭載された(一部の艦は開戦後に司令塔にも機銃の搭載が行われている)。

 他のII型潜水艦と同様、第二次大戦緒戦には作戦任務にも投入されたが、大戦中期以降は乗員の訓練や養成に使用されるようになったため、作戦任務で戦没した艦は同クラス中1隻しか無い。


IIC型潜水艦の歴史
U−56[U-56]
1937年 9月21日ドイッチュ・ヴェルケ社[Deutsche Werke]にて起工
1938年 9月 3日進水
      11月26日就役。訓練任務に従事
1940年 1月〜作戦任務に従事(哨戒12回)
通算戦果4隻(25,783t)撃沈、1隻(3,829t)損傷
      11月〜第24戦隊に転属。乗員訓練任務に従事
      12月〜乗員養成任務に従事(第22戦隊、第19戦隊)
1945年 4月28日キールにて停泊中、英軍機の爆撃を受け沈没
U−57[U-57]
1937年 9月14日ドイッチュ・ヴェルケ社にて起工
1938年 9月 3日進水
      12月29日就役。訓練任務に従事
1940年 1月〜作戦任務に従事(哨戒11回)
通算戦果13隻(66,484t)撃沈、2隻(10,403t)損傷
       9月 3日ブルンスビュッテルにてノルウェー汽船「ローナ」[Rona]と衝突、損傷着底する
       9月中旬〜浮揚後、修理を実施。艦隊復帰は41年1月
1941年 1月〜乗員養成任務に従事(第22戦隊、第19戦隊)
1945年 5月 3日キールにて自沈。戦後浮揚解体
U−58[U-58]
1937年 9月29日ドイッチュ・ヴェルケ社にて起工
1938年10月14日進水
1939年 2月 4日就役。訓練任務に従事
1940年 1月〜作戦任務に従事(哨戒12回)。通算戦果7隻(24,549t)撃沈
1941年 1月〜乗員養成任務に従事(第22戦隊、第19戦隊)
1945年 5月 3日キールにて自沈。戦後浮揚解体
U−59[U-59]
1937年10月 5日ドイッチュ・ヴェルケ社にて起工
1938年10月12日進水
1939年 3月 4日就役。訓練任務に従事
1940年 1月〜作戦任務に従事(哨戒13回)
通算戦果19隻(35,321t)撃沈、1隻(8,009t)損傷
1941年 1月〜乗員養成任務に従事(第22戦隊、第19戦隊)
1945年 4月退役。保管船となる
       5月キールにて自沈。戦後浮揚解体
U−60[U-60]
1938年10月 1日ドイッチュ・ヴェルケ社にて起工
1939年 6月 1日進水
       7月22日就役。訓練任務に従事
      10月〜作戦任務に従事(哨戒9回)
通算戦果3隻(7,561t)撃沈、1隻(15,434t)損傷
1940年11月〜第21戦隊に転属。乗員養成任務に従事
1945年 5月 2日ヴィルヘルムスハーフェンにて自沈。戦後浮揚解体
U−61[U-61]
1938年10月 1日ドイッチュ・ヴェルケ社にて起工
1939年 6月15日進水
       8月12日就役。訓練任務に従事
      11月〜作戦任務に従事(哨戒10回)
通算戦果5隻(19,668t)撃沈、1隻(4,434t)損傷
1940年11月〜第21戦隊に転属。乗員養成任務に従事
1945年 5月 2日ヴィルヘルムスハーフェンにて自沈。戦後浮揚解体
U−62[U-62]
1939年 1月 2日ドイッチュ・ヴェルケ社にて起工
      11月16日進水
      12月21日就役。訓練任務に従事
1940年 2月〜作戦任務に従事(哨戒5回)。通算戦果2隻(5,931t)撃沈
       5月29日ベルギー沖にて英駆「グラフトン」を撃沈
      10月〜第21戦隊に転属。乗員養成任務に従事
1945年 5月 2日ヴィルヘルムスハーフェンにて自沈。戦後浮揚解体
U−63[U-63]
1939年 1月 2日ドイッチュ・ヴェルケ社にて起工
      12月 6日進水
1940年 1月18日就役。訓練任務に従事
       2月〜作戦任務に従事(哨戒1回)。通算戦果1隻(3,840t)撃沈
       2月25日北海(シェットランド島沖)にて英駆「イングルフィールド」「イモジェン」の攻撃および英潜「ノーファル」の雷撃により沈没


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