IIA型 潜水艦

Submarine Type "II A"
Unterseeboot Typ "II A"


ドイツ海軍 ドイツ海軍


U-3
「U−3」
スペックデータ
排水量(水上):254t排水量(水中):303t全長:(全)40.9m
出力(水上):700hp出力(水中):360hp全幅:4.08m
最大速力(水上):13.0kt最大速力(水中):6.9kt吃水:3.83m
航続距離(水上):8ktで1,600浬航続距離(水中):4ktで35浬乗員数:22〜24名
燃料搭載量:重油12t安全潜行深度:80m
主機関:Motoren-Werke Mannheim (MWM)製RS127Sディーゼル機関×2基
     +Siemens-Schuckertwerke (SSW)製PGVV322/26電動モーター×2基 2軸推進
武装:
《魚雷5発搭載》21inch魚雷発射管3門(艦首)、65口径20mm単装機関砲1基、
魚雷の代わりに機雷12〜18個搭載可能

同型艦名(6隻)
U−1[U-1]U−2[U-2]U−3[U-3]
U−4[U-4]U−5[U-5]U−6[U-6]

IIA型潜水艦について

 第一次大戦で敗北したドイツは大半の海軍力保有を認められていなかった。特に通商破壊戦で各国を苦しめた潜水艦隊については保有禁止という厳しい制限が課せられていたが、潜水艦建造技術の温存をもくろんだドイツ政府はオランダにIvS(Ingenieurskantoor voor Scheepsbouw/造船設計事務所)社を設立した。
 IvS社ではトルコやフィンランド向けの潜水艦設計やソビエトとの技術協力などで技術の温存と研鑽を図っており、1930年代になってドイツが密かに再軍備を企てたとき、これら蓄積をスムーズに反映させることが出来た。
 再軍備を企てたドイツ海軍では航洋型潜水艦(別項で紹介)と沿岸用の小型潜を建造することとし、フィンランド向けの小型潜をベースに沿岸用潜として開発されたのがII型と呼ばれる当クラスである。

 単殻構造で、兵装も魚雷発射管3門のみ(後に対空機関砲を追加)と必要最小限の構成をした艦であったが、最大潜水深度は150メートルと大きく、また魚雷の代わりに機雷を搭載することで敷設任務にも従事できるという優れた能力を持っていた。
 竣工後は主に乗員訓練に使用されていたが、第二次大戦開戦後は哨戒任務などにも投入されており、戦没しなかった艦は1944年に退役している。


IIA型潜水艦の歴史
U−1[U-1]
1935年 2月11日ドイッチュ・ヴェルケ社[Deutsche Werke]にて起工
       6月15日進水
       6月29日竣工。乗員訓練に従事
1940年 3月 1日〜作戦任務に従事
       4月 6日北海にて触雷沈没
U−2[U-2]
1935年 2月11日ドイッチュ・ヴェルケ社にて起工
       7月 1日進水
       7月25日竣工。乗員訓練に従事
1940年 3月 1日〜作戦任務に従事
       7月 1日〜第21戦隊に転属。乗員訓練に従事
1944年 4月 8日ピラウ沖にて独トロール船「ヘルミ・ゾーレ」と衝突沈没
U−3[U-3]
1935年 2月11日ドイッチュ・ヴェルケ社にて起工
       7月19日進水
       8月 6日竣工。乗員訓練および作戦任務に従事
1940年 7月 1日〜第21戦隊に転属。乗員訓練に従事
1944年 8月 1日退役。翌年スクラップ
U−4[U-4]
1935年 2月11日ドイッチュ・ヴェルケ社にて起工
       7月31日進水
       8月17日竣工。乗員訓練および作戦任務に従事
1940年 4月10日スタヴァンガー沖にて英潜「シスル」を撃沈
       7月 1日〜第21戦隊に転属。乗員訓練に従事
1944年 8月 1日退役。翌年スクラップ
U−5[U-5]
1935年 2月11日ドイッチュ・ヴェルケ社にて起工
       8月14日進水
       8月31日竣工。乗員訓練および作戦任務に従事
1940年 7月 1日〜第21戦隊に転属。乗員訓練に従事
1943年 3月19日ピラウ沖にて潜水中の事故により沈没
U−6[U-6]
1935年 2月11日ドイッチュ・ヴェルケ社にて起工
       8月21日進水
       9月 7日竣工。乗員訓練および作戦任務に従事
1940年 7月 1日〜第21戦隊に転属。乗員訓練に従事
1944年 8月 1日退役。翌年スクラップ


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