XVII型 潜水艦

Submarine Type "XVII"
Unterseeboot Typ "XVII"


ドイツ海軍 他 ドイツ海軍 イギリス海軍


U-794
「U−794」(進水時の写真か?)
スペックデータ(A型Wa201(U-792、U-793))
【 】内はWk202(U-794、U-795)の数値、(*)印の数値はヴァルター機関使用時のもの
排水量(水上):277t【236t】排水量(水中):309t【259t】全長:(全)39.0m【36.6m】
出力(水上):210hp【同左】出力(水中):77.5hp【同左】
      5,000ehp(*)【同左(*)】
全幅:4.5m【同左】
最大速力(水上):9.0kt【同左】最大速力(水中):5.0kt【同左】
      23〜25kt(*)【同左(*)】
吃水:4.3m【4.55m】
航続距離(水上):8.5ktで2,901浬
      【9ktで1,840浬】
航続距離(水中):2ktで50浬【2ktで76浬】
      20ktで127浬(*)【20ktで117浬(*)】
乗員数:25名
燃料搭載量:重油18t+アウロル燃料(過酸化水素水)34t
        【重油14t+アウロル燃料40t】
安全潜行深度:80m
主機関:Deutz製ディーゼル機関×1基+Germaniawerft製水中用ヴァルター機関×1基
      もしくはAllgemeine Elektricitats-Gesellschaft (AEG)製電動モーター×1基、1軸推進
武装:
《魚雷4発搭載》21inch魚雷発射管2門(艦首)
スペックデータ(B型(U-1405〜U-1407)、(*)印の数値はヴァルター機関使用時のもの
排水量(水上):312t排水量(水中):337t全長:(全)41.45m
出力(水上):210hp出力(水中):77.5hp
      2,500ehp(*)
全幅:4.5m
最大速力(水上):8.5〜8.8kt最大速力(水中):5.0kt
      25.0kt(*)
吃水:4.3m
航続距離(水上):8ktで3,000浬航続距離(水中):2ktで76浬
      25ktで125浬(*)
乗員数:19名
燃料搭載量:重油20t+アウロル燃料(過酸化水素水)52t安全潜行深度:80m
主機関:Deutz製ディーゼル機関×1基+Brückner & Kanis製水中用ヴァルター機関×1基
      もしくはAllgemeine Elektricitats-Gesellschaft (AEG)製電動モーター×1基、1軸推進
武装:
《魚雷4発搭載》21inch魚雷発射管2門(艦首)

同型艦名(7隻+未竣工4隻(建造中止含む))
(XVIIA型v300:1隻)
U−791[U-791]  
(XVIIA型Wa201:2隻)
U−792[U-792]U−793[U-793] 
(XVIIA型Wk202:2隻)
U−794[U-794]U−795[U-795] 
(XVIIB型:3隻+未竣工3隻)
U−1405[U-1405]U−1406[U-1406]U−1407[U-1407]
他未竣工艦3隻(艦番号は上記に含まず)

XVII型潜水艦について

 第二次大戦中盤になってレーダーやソナーの発達により連合軍の対潜索敵能力が向上してくるとドイツ海軍も様々な対抗策を計画するようになってきた。ディーゼル機関を稼働させるためには(もちろん乗員の生命活動にも)酸素が必要であるが、海面上に浮上すると敵レーダーに発見される確率が高くなるため、潜水しながら吸排気を可能とするシュノルヒェル(吸排気筒、シュノーケル)の搭載もこの対抗策の一つである。また水中速力が向上すれば敵水上艦艇に追いつめられることも無くなると考えられた。
 そこでディーゼル機関のように吸排気が必要でなく、かつ水中で高速を発揮できる機関として閉鎖機関(クローズド・サイクル)艦の研究が行われることになり、戦前にヘルムート・ヴァルターが提唱していたヴァルター・タービン(過酸化水素水の分解により取り出された酸素と熱エネルギーによりディーゼル燃料を燃焼させる機関)を搭載した小型の試験潜水艦を建造することにしたのである。

 一番最初に建造が計画された水中高速型実験艇の「U−791」は建造中止となったが、5,000馬力を発揮するヴァルター・タービンを搭載したA型(タービン構造の違いによりWa201とWk202の二種類がある)および二重船殻(ダブルハル)の船体を持ち燃費や技術的問題を修正したB型の2タイプについては建造が続行され、終戦までにA型4隻、B型3隻の計7隻が完成しているが、ドイツ敗戦により実用化には至らなかった。
 註:B型については全部で12隻の建造が計画されたらしいが、当サイトでは終戦までに完成した3隻と起工済みだった3隻のデータだけを記載している。またB型の改良型としてG型と呼ばれる艦も計画されていたが、1943年秋に計画は中止となった。さらに液体酸素によりディーゼル機関を駆動させるAIP(非大気依存推進[Air-Independent Propulsion])の実験艇(K型)も1944年に着工しているが、戦局の悪化から工事は中断し終戦までに完成することはなかった。


XVII型潜水艦の歴史
U−791[U-791](A型v300)
1942年ゲルマニア造船所[Friedrich Krupp Germaniawerft]にて起工
1944年建造中止となり、解体廃棄
U−792[U-792](A型Wa201)
1942年12月 1日ブローム&フォス社[Blohm + Voss]にて起工
1943年 9月28日進水
      11月16日竣工。各種試験任務に従事。哨戒任務への参加なし。戦果なし
1945年 5月 4日レンツブルグ近海にて自沈。戦後浮揚され英軍に接収
U−793[U-793](A型Wa201)
1942年12月 1日ブローム&フォス社にて起工
1944年 3月 4日進水
       4月24日竣工。各種試験任務に従事。哨戒任務への参加なし。戦果なし
1945年 5月 4日レンツブルグ近海にて自沈。戦後浮揚され英軍に接収
U−794[U-794](A型Wk202)
1943年 2月 1日ゲルマニア造船所にて起工
      10月 7日進水
      11月14日竣工。各種試験任務に従事。哨戒任務への参加なし。戦果なし
1945年 5月 5日ゲルティング湾にて自沈。戦後浮揚解体
U−795[U-795](A型Wk202)
1943年 2月 2日ゲルマニア造船所にて起工
1944年 3月21日進水
       4月22日竣工。各種試験任務に従事。哨戒任務への参加なし。戦果なし
1945年 5月 3日ゲルマニア造船所(キール)にて爆破。戦後解体処分
U−1405[U-1405](B型)
1943年10月15日ブローム&フォス社にて起工
1944年12月 1日進水
      12月21日竣工。各種試験任務に従事。哨戒任務への参加なし。戦果なし
1945年 5月 5日エッケルンフェルデ湾にて自沈。戦後浮揚解体
U−1406[U-1406](B型)
1943年10月30日ブローム&フォス社にて起工
1945年 1月 2日進水
       2月 8日竣工。各種試験任務に従事。哨戒任務への参加なし。戦果なし
1945年 5月 5日クックスハーフェン近海にて自沈。戦後浮揚され米軍に接収
1948年 5月18日?米軍のテスト後にニュー・ヨーク沖にて沈没(破壊?)
U−1407[U-1407](B型)
1943年11月13日ブローム&フォス社にて起工
1945年 2月進水
       3月13日竣工。各種試験任務に従事。哨戒任務への参加なし。戦果なし
1945年 5月 5日クックスハーフェン近海にて自沈。戦後浮揚され英軍に接収
1946年〜英海軍籍に編入、艦名を「ミーティアライト」[Meteorite]と改名され試験任務に従事
1949年 9月英海軍籍除籍。後に解体処分
U−1408[U-1408](B型)
1943年10月20日ブローム&フォス社にて起工
1945年 3月30日連合軍機の爆撃を受け大破放置となり、終戦時に破壊
U−1409[U-1409](B型)
1943年12月15日ブローム&フォス社にて起工
1945年 3月30日連合軍機の爆撃を受け大破放置となり、終戦時に破壊
U−1410[U-1410](B型)
1943年12月31日ブローム&フォス社にて起工
1945年 3月30日連合軍機の爆撃を受け大破放置となり、終戦時に破壊


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