XB型 潜水艦

Submarine Type "X B"
Unterseeboot Typ "X B"


ドイツ海軍 ドイツ海軍


U-234(奥の艦。降伏後の姿)
「U−234」(奥の艦。降伏後の姿)
スペックデータ
排水量(水上):1,763t排水量(水中):2,177t全長:(全)89.80m
出力(水上):4,800hp出力(水中):1,000hp全幅:9.20m
最大速力(水上):17.0kt最大速力(水中):7.0kt吃水:4.71m
航続距離(水上):10ktで18,450浬航続距離(水中):4ktで93浬乗員数:48〜60名
燃料搭載量:重油368t安全潜行深度:100m
主機関:Germaniawerft製F46ディーゼル機関×2基
       +Allgemeine Elektricitats-Gesellschaft (AEG)製GU720/8-287電動モーター×2基、2軸推進
武装:
《魚雷15発搭載》21inch魚雷発射管2門(艦尾)、45口径10.5cm
単装砲1基、37mm単装機関砲1基、20mm単装機関砲2基、
魚雷の代わりに機雷22個搭載可能+機雷格納庫に機雷66個搭載

同型艦名(8隻)
U−116[U-116]U−117[U-117]U−118[U-118]U−119[U-119]
U−219[U-219]U−220[U-220]U−233[U-233]U−234[U-234]

XB型潜水艦について

 1938年に複殻船体を持つ大型航洋潜水艦X型(XA型)の建造を計画したドイツ海軍だったが、この計画は途中で機雷敷設のための敷設潜水艦建造へと切り替わってしまった。この切り替わった計画で建造されたのが当XB型である。
 第二次大戦中に建造されたUボートの中で最も大きな船体を持つ当タイプは、最初から機雷敷設用として建造された唯一のタイプでもあり、舷側サドルタンク内と船体前部に設けられた機雷格納庫に66個の機雷を搭載して敷設任務に従事することが可能であった。また自衛用として15発の魚雷を搭載(発射管は艦首に2門のみであった)していたが、これも機雷に置き換えることが可能だったため最大90個近い機雷を搭載することができた。他に甲板砲や対空機関砲も装備されている。

 船体の大きさから水中での機動性はあまり良くなく、姉妹艦8隻のうち6隻が戦没している。なお、「U−219」は日本への輸送任務のためバタビヤまで進出していたが、ドイツが降伏してしまったので日本海軍に接収され、後に「イ−505」の名で日本海軍籍に編入となった。また日本へ向けて重要物資や最新兵器の設計図などを輸送する任務に就いた「U−234」は航海の途中でドイツが降伏し、戦闘中止命令に沿ってアメリカへ投降した。その際に同乗していた日本海軍の連絡士官2名は米軍の捕虜となることを潔しとせず、艦内で睡眠薬を飲み自決するという悲劇が起こっている。


XB型潜水艦の歴史
U−116[U-116]
1939年 7月 1日ゲルマニア造船所[Friedrich Krupp Germaniawerft]にて起工
1941年 5月 3日進水
       7月26日就役。訓練任務に従事
1942年 4月〜作戦任務に従事(哨戒4回)。通算戦果1隻(4,284t)撃沈、1隻(7,093t)損傷
      10月 6日この日の通信を最期に北海にて消息不明となる(沈没原因不明)
U−117[U-117]
1939年 7月 1日ゲルマニア造船所にて起工
1941年 7月22日進水
      10月25日就役。訓練任務に従事
1942年10月〜作戦任務に従事(哨戒5回)。通算戦果2隻(14,269t)損傷
1943年 8月 7日北大西洋にて米護衛空母「カード」 艦載機の攻撃により沈没
U−118[U-118]
1940年 3月 1日ゲルマニア造船所にて起工
1941年 9月23日進水
      12月 6日就役。訓練任務に従事
1942年10月〜作戦任務に従事(哨戒4回)。通算戦果4隻(14,989t)撃沈、2隻(11,945t)損傷
1943年 6月12日カナリア諸島西方沖にて米護衛空母「ボーグ」艦載機の攻撃により沈没
U−119[U-119]
1940年 5月15日ゲルマニア造船所にて起工
1942年 1月 6日進水
       4月 2日就役。訓練任務に従事
1943年 2月〜作戦任務に従事(哨戒2回)。通算戦果1隻(2,937t)撃沈、1隻(7,176t)損傷
       6月24日ビスケー湾にて英スループ「スターリング」の攻撃を受け沈没
U−219[U-219]
1941年 5月31日ゲルマニア造船所にて起工
1942年10月 6日進水
      12月12日就役。訓練任務に従事
1943年 7月〜作戦任務に従事(哨戒2回)。戦果なし
1945年 5月 8日輸送任務でバタビヤ来航中に独軍降伏。日本海軍に接収される
       7月15日日本海軍籍に編入・艦名を「イ−505」と改名
       8月日本敗戦のため降伏。ジャカルタにて米軍に接収される
      11月30日日本海軍籍除籍。47年(48年説もある)に解体処分
U−220[U-220]
1941年 6月16日ゲルマニア造船所にて起工
1943年 1月16日進水
       3月27日就役。訓練任務に従事
       9月〜作戦任務に従事(哨戒1回)。通算戦果2隻(7,199t)撃沈
      10月28日北大西洋にて米護衛空母「ブロック・アイランド」艦載機の攻撃を受け沈没
U−233[U-233]
1941年 8月15日ゲルマニア造船所にて起工
1943年 5月 8日進水
       9月22日就役。訓練任務に従事
1944年 6月〜作戦任務に従事(哨戒1回)。戦果なし
       7月 5日ハリファクス沖にて米護衛駆「トーマス」の体当たりを受け損傷、
「トーマス」および「ベイカー」攻撃を受け沈没
U−234[U-234]
1941年10月 1日ゲルマニア造船所にて起工
1942年建造中に連合軍機の爆撃を受け損傷を負う
1943年12月23日進水
1944年 3月 2日就役。訓練任務に従事
1945年 3月〜作戦任務に従事(哨戒1回)。戦果なし
       5月日本への輸送任務中に独軍降伏。米ポーツマスへ向かい、5月16日降伏
(この時、同乗していた日本海軍士官2名は降伏前に自決した)
1947年11月20日コッド岬沖にて実艦標的として使用され沈没


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