軽巡洋艦 ニュルンベルグ

Light Cruiser "Nürnberg"
Leichter Kreuzer "Nürnberg"


ドイツ海軍 ドイツ海軍


Nurnberg
スペックデータ【 】内は巡航用ディーゼルのデータ
排水量:(満)8,910t ボイラー:Schulz罐・重油専焼×6基 燃料搭載量:重油1,055t
【別にディーゼル用255t】
全長:(全)181.00m
全幅:16.31m 主機:Krupp式ギヤードタービン×2基、2軸推進
   【巡航用にMAN社製7気筒ディーゼルエンジン×4基、1軸推進】
吃水:5.03m(平均値)
出力:66,000hp
【ディーゼル12,400hp】
武装:
60口径15cm3連装砲3基、76口径8.8cm連装高角砲4基、
69口径37mm連装機関砲4基、65口径20mm機関砲4〜6門、
21inch魚雷3連装発射管4基、水偵2機搭載
最大速力:32.0kt
航続距離:15ktで7,000浬
  【D巡航10ktで3,900浬】
乗員定数:900名前後

同型艦名(1隻)
ニュルンベルグ[Nürnberg]

軽巡洋艦ニュルンベルグについて
 仮称”F”の名前で1933年度計画により建造された軽巡洋艦。ナチス・ドイツが就役させた最後の 軽巡洋艦である。
 基本的に「ライプチヒ」の 設計を踏襲しているため兵装配置などは「ライプチヒ」と同じであるが、船体は若干大きくなり、煙突の 位置も若干艦前方に移動したため水偵搭載設備は煙突の後方に変更された。「ライプチヒ」では1930 年代の改修で換装もしくは追加された長砲身高角砲や後部マスト、水偵搭載設備は建造時点から設計に盛 り込まれている。
 第二次大戦初頭には「ライプチヒ」と共に行動し、バルト海タイン沖にて同様に英潜水艦の雷撃を受け 損傷したが、「ライプチヒ」がその後練習艦として使用されたのに対し当艦は戦線へ復帰し、北海やバル ト海で作戦に従事、終戦まで無傷で生き残っている。
 戦後はソビエトに戦時賠償として引き渡され、1950年代までソビエト海軍にて「アドミラル・マカ ロフ」[Адмирал Макаров (Admiral Makarov)]の名で使用されている。

軽巡洋艦ニュルンベルグの歴史
ニュルンベルグ[Nürnberg]
1933年11月 4日ドイッチュ・ヴェルケ社にて起工
1934年12月 8日進水
1935年11月 2日竣工
1936年 8月〜スペイン内乱に際し、スペイン近海にて警戒任務に従事
1937年 9月〜バルト海にて訓練などに従事。北欧への訓練航海を実施
1939年 9月〜独ポーランド侵攻に付随して北海にて機雷敷設に従事
     12月12日英潜水艦「サーモン」の雷撃を受け損傷
     12月末〜修理を実施。完了は翌年5月
1940年 7月〜戦線に復帰。ノルウェー沖や北海にて作戦に従事
1942年12月〜ノルウェーのナルビクに進出
1943年 4月〜ドイツへ帰還。バルト海方面で任務に従事
1945年 1月〜コペンハーゲン湾にて機雷敷設などに従事
      5月コペンハーゲンにて終戦を迎え、英軍により捕獲される
     11月 5日戦時賠償艦としてソビエト海軍籍に編入される
     12月16日ソビエト海軍に引き渡され、艦名を「アドミラル・マカロフ」と改名
1946年 2月15日ソ連バルト海艦隊に所属し、第8戦隊の旗艦を務める
1957年 2月21日ボイラー故障のため第一線任務を退き練習巡洋艦に類別変更される
1959年 2月20日除籍。61年2月スクラップとして解体処分される


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