”K”(ケーニヒスベルグ)型 軽巡洋艦

"K"(Königsberg) Class Light Cruisers
Leichter Kreuzer der "K"(Königsberg) Klasse


ドイツ海軍 ドイツ海軍


Koigsberg
スペックデータ( )内は巡航用ディーゼルのデータ
排水量:(満)7,500t ボイラー:Schulz-Thornycraft罐・重油専焼×6基 燃料搭載量:重油1,184t
(別にディーゼル用261t)
全長:(全)173.96m
全幅:15.14m 主機:Germaniaギヤードタービン×2基、2軸推進
   (巡航用に10気筒ディーゼルエンジン×2基)
吃水:5.59m
出力:68,000hp
(ディーゼル2,000hp)
武装:
60口径15cm3連装砲3基、76口径8.8cm連装高角砲4基、
69口径37mm連装機関砲4基、65口径20mm機関砲6門、
21inch魚雷3連装発射管4基、(後に水偵2機搭載設備を追加)
最大速力:32.0kt
(ディーゼル巡航13kt)
航続距離:14.5ktで5,500浬
(D巡航13ktで3,100浬)
乗員定数:800名前後

同型艦名(3隻)
ケーニヒスベルグ
[Königsberg]
カールスルーエ
[Karlsruhe]
ケルン
[Köln]

”K”型軽巡洋艦について
 「エムデン」に続いて1 925年度の計画で建造された軽巡洋艦。先に建造された「エムデン」は ベルサイユ条約で規定された排水量制限(6,000トン未満)にまだ余裕のある状態(約5,40 0トン程度の基準排水量)だったため、まだ排水量を増やせる余裕があった(戦勝国側の管理機構も その点を認め、制限内であれば改良設計することを認めたことも幸運であった)。
 そこで制限を一杯に使って建造されたのが当”K”型軽巡である。当初はネームシップである「ケー ニヒスベルグ」のみ建造の予定であったが、翌26年度計画で2隻の追加が認められたため全部で3 隻が建造されている。全艦とも艦名頭文字がKであるため、一般には”K”型と呼ばれている。
 基本は「エムデン」に準じているが兵装や機関配置などは完全に改められており、主砲塔も3連装 と一挙に近代化した。この主砲塔は艦前部に1基、後部に2基が設置されているが後部砲塔はお互い の射角に干渉しないよう、艦中心線から若干左右にずらした位置に配置されている。
 機関もタービンのみでなく巡航用にディーゼル機関が併用されているが、これは独海軍の基本戦略 が通商破壊であったため高速発揮よりも巡航時の低燃費性が求められたからである。
 第二次大戦では「ケーニヒスベルグ」「カールスルーエ」の2隻は大戦初頭のノルウェー攻略戦で 戦没しているが、3番艦「ケルン」は大戦末期に満身創痍の姿で(大破着底していたが)生き残って おり、終戦間際まで連合軍を相手に戦っている。

”K”型軽巡洋艦の歴史
ケーニヒスベルグ[Königsberg]
1926年 4月12日帝国海軍工廠(ヴィルヘルムスハーフェン)にて起工
1927年 3月26日進水
1929年 4月17日竣工
1930年〜訓練航海として欧州各国へ親善訪問を行う
1936年11月〜スペイン内戦に際し、スペイン近海で警戒任務に従事
1939年 9月〜北海へ進出。ジークフリート作戦に参加
1940年 4月〜ノルウェー侵攻(ヴェーゼル演習作戦)に参加
      4月 9日ノルウェー海軍の沿岸砲台砲撃を受け損傷。戦線を離脱する
      4月10日撤退中に英軍機の爆撃を受け沈没
1942年 7月17日浮揚させられるが、再度転覆沈没する
1943年 3月着底したまま引き起こされ、潜水艦用の桟橋として使用される
1944年 9月22日再度転覆する
1945年?終戦後、解体処分される
カールスルーエ[Karlsruhe]
1926年 4月12日ドイッチュ・ヴェルフト社にて起工
1927年 8月20日進水
1929年11月 6日竣工
1930年〜訓練航海として欧州各国へ親善訪問を行う
1940年 4月〜ノルウェー侵攻(ヴェーゼル演習作戦)に参加
      4月 9日クリスチャンサンド沖にて英潜水艦「トルーアント」の雷撃を受け大破
独水雷艇「グライフ」の雷撃により自沈処分される
ケルン[Köln]
1926年 8月 7日帝国海軍工廠にて起工
1928年 5月25日進水
1930年 1月15日竣工
1930年10月〜訓練航海として欧州各国へ親善訪問を行う
1936年 6月〜スペイン内戦に際し、スペイン近海で警戒任務に従事
1939年10月 8日北海へ進出。通商破壊および掃海任務に従事
1940年 4月〜ノルウェー侵攻(ヴェーゼル演習作戦)に参加
1941年 9月〜ソビエト沿岸にて陸軍の支援任務に従事
1941年末〜ヘリコプターフレットナーFl282の搭載実験に参加
1942年 7月〜ノルウェー方面へ進出。輸送船団攻撃に従事
1943年 3月〜損傷修理のため使用停止となる
1944年 3月キール軍港からケーニヒスベルグへ回航される
      4月〜機関練習艦となるも、同月から修理を実施
      9月戦線へ復帰。ノルウェー南方にて機雷敷設任務に従事
     10月〜ノルウェー・デンマーク間の海峡にて警戒任務に従事
     12月13日連合軍機の攻撃により損傷。同月末に再度爆撃を受け損傷拡大
1945年 2月〜ヴィルヘルムスハーフェンにて修理を実施
      3月31日ヴィルヘルムスハーフェンにて英軍機の爆撃を受け大破着底
      4月ニュルンベルグに迫った連合軍に対し、着底したまま砲撃を実施
1946年?終戦後、浮揚解体される


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