軽巡洋艦 エムデン

Light Cruiser "Emden"
Leichter Kreuzer "Emden"


ドイツ海軍 ドイツ海軍


Emden
スペックデータ
排水量:(満)7,102t ボイラー:Schultz-Thornycroft罐・重油専焼×10基
     (1934年に重油専焼罐へ換装した)
燃料搭載量:重油1,200t
全長:(全)155.02m
全幅:14.33m 主機:Germania式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:5.93m
出力:46,500hp
武装(【 】内は1930年代に換装・追加された兵装):
45口径15cm単装砲8基【48口径15cm砲へ換装】、45口径
8.8cm単装高角砲3基【65口径10.5cm単装高角砲3基追加】、
65口径20mm機関砲6門【83口径37mm機関砲3基追加】、
50cm魚雷連装発射管2基、機雷120個
最大速力:20.0kt
航続距離:14ktで6,750浬
乗員定数:600名前後

同型艦名(1隻)
エムデン[Emden]

軽巡洋艦エムデンについて
 第一次大戦に敗戦したドイツはベルサイユ条約によって再軍備を厳しく制限されることになった。海軍力 も大型艦の新規建造や潜水艦の保有を認められないなどの制約が課せられたが、基準排水量6,000トン 未満の艦艇については旧式艦の代艦としてのみ新造を認められた。当艦はその制限枠を利用して第一次大戦 後初めてドイツが建造した軽巡洋艦である。
 第一次大戦前から現役だった旧式巡洋艦「ニンフェ」[Nymphe]型の代艦として1921年から建造が開始 された当艦だったが、敗戦後の建艦ブランクがあったため最新技術を盛り込むことができず第一次大戦時の 軽巡「ケルン」[Cöln]型と似たような船体に15センチ単装砲を搭載した旧式然としたスタイルの艦に 仕上がっている。
 それでも軍備制限されていたドイツ海軍では最新の巡洋艦として歓迎され(第一次大戦で通商破壊戦に活 躍した巡洋艦「エムデン」の名を継いだことからも、海軍当局が当艦に掛ける期待の大きさが窺える)、第 二次大戦前には練習艦としてアフリカ・アメリカを始めアジアや地中海など世界各地を歴訪しドイツ海軍の 顔として活躍した。しかし第二次大戦が勃発した頃には貧弱な武装から重要な戦力とは考えられておらず、 大戦初頭の電撃戦に呼応したオスロ攻撃以外は機雷敷設や練習任務などの二線任務に従事することが多かった。

軽巡洋艦エムデンの歴史
エムデン[Emden]
1921年12月 8日帝国海軍工廠(ヴィルヘルムスハーフェン)にて起工
1925年 1月 7日進水
     10月15日竣工
1926年〜練習任務に従事し世界各国を歴訪する
1939年 3月〜漁業保護のためアイスランド近海へ展開する
      8月北海にて機雷敷設任務に従事
      9月 4日ヴィルヘルムスハーフェン空襲で英軍機の爆撃を受け損傷
     10月〜練習艦として使用される
1940年 6月〜オスロ攻撃(ヴェーゼル演習作戦)に参加
1941年 9月〜ソビエト軍の沿岸砲台を攻撃する
     11月〜練習艦として使用される
1944年冬シーシャウ社ドックにて修理中にソビエト軍の侵攻を受け急遽撤退する
1945年 2月〜キール軍港へ移動し修理を続行
      4月キール軍港空襲に際して英軍機の爆撃を受け大破、浸水着底する
      5月 3日爆破処分され、後にスクラップとして撤去される


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