砲術練習艦兼敷設艦 ブレムゼ

Artillery Training Ship & Minelayer "Bremse"
Artillerieschulschiff und Minenschiffe "Bremse"


ドイツ海軍 ドイツ海軍


Bremse
「ブレムゼ」(1930年代(復原性改修後))
スペックデータ
排水量:(基)1,435t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:重油357t
全長:(全)103.9m
全幅:9.5m 主機:MAN社製ディーゼル機関×4基、2軸推進
吃水:2.8m
出力:26,000hp
武装:
45口径12.7cm単装砲4基、83口径37mm単装機関砲4基、
65口径20mm単装機関砲4基、機雷250発搭載
最大速力:29.0kt
航続距離:巡航で3,100浬
乗員定数:199名+訓練生90名

同型艦名(1隻)
ブレムゼ [Bremse]

砲術練習艦兼敷設艦ブレムゼについて

 第一次大戦の敗戦により強力な艦艇を配備できなくなっていたドイツ海軍が1920年代末に計画した砲術練習艦。戦勝国からの制限が比較的ゆるい小型艦として建造されており、駆逐艦の主砲と同型の12.7センチ砲のほか、対空兵装として37ミリおよび20ミリ機関砲も装備された。また、当艦は以後に建造される予定の装甲艦などに搭載するディーゼル機関のテストベッドとしても活用されている。
 1932年に竣工した当艦だったが、小型の船体に測的所付きの三脚楼やファンネルキャップ付きの高い煙突などを装備したため重心が高くなり、復原性の低下や船体の動揺を招いたため、1934年に復原性能の改善対策が取られ、測的所の撤去やマストの軽量化(単脚楼へ交換)、煙突の縮小などが行われた。

 第二次大戦緒戦では、バルト海などで他の特設敷設艦の護衛や兵員輸送に従事し、1940年には北欧への侵攻作戦に参加した。しかし1941年9月に兵員輸送船の護衛任務中に英海軍軽巡と交戦、輸送船を退避させることに成功したものの当艦は沈没してしまった。


砲術練習艦兼敷設艦ブレムゼの歴史
ブレムゼ [Bremse]
1930年 4月22日ヴィルヘルムスハーフェン工廠[Marinewerft,Wilhlemshaven]にて起工
1931年 1月24日進水
1932年 7月14日竣工
1934年復原性能の改善工事を実施
1939年 9月第二次大戦勃発。バルト海などで護衛任務に従事
      10月ポーランド沿岸部などで兵員輸送に従事
      11月 7日軽巡「ライプチヒ」と衝突。損傷は軽微
1940年 4月北欧侵攻(ヴェーザー演習作戦)に参加。ベルゲン攻略に従事
ベルゲン沿岸にて海岸砲台の砲撃を受け損傷を負う
       4月21日(30日とする説あり)ハルダンゲル・フィヨルドにて座礁、損傷
スタヴァンゲルにて応急修理後、キールへ帰還し修理を実施
      11月 1日修理後10月30日にノルウェーへ向け出港するが、貨物船「ドナウ」[Donau]と衝突、損傷。キールへ戻り修理を実施
      11月26日修理後ノルウェーへ向け出港。12月2日ファー・フィヨルドにて座礁
1941年修理後はバルト海にて通商破壊などに従事
       6月北海経由でノルウェー沿岸部へ進出
       9月 7日兵員輸送船を護衛中、イギリス艦隊と交戦
英軽巡の砲撃を受け沈没


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