クリスチャン型 水上機母艇

"Krischan" Class Seaplane Tender
Flugsicherungsschiff der "Krischan" Klasse


ドイツ空軍 ドイツ軍


Krischan I

Gunther Pluschow

Bernhard von Tschirschky
(上)「クリスチャン」/(中)「ギュンター・プリュショー」/(下)「ベルンハルト・フォン・チルシュキー」(各写真とも撮影時期不詳)
スペックデータ(「クリスチャンI」(後の「クリスチャン)
排水量:(常)196t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:重油 15t
全長:(全)38.2m
全幅:(船)6.7m 主機:Deutz社製ディーゼル機関×2基、2軸推進
吃水:2.5m
出力:750hp
武装:
7.9mm単装機銃1基
水上機1機搭載可能(ハインケル「He60」
最大速力:15.0kt
航続距離:15ktで1,500浬
乗員定数:19名
スペックデータ(「クリスチャンII」(後の「ギュンター・プリュショー」))
排水量:(常)375t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:重油 50t
全長:(全)53.8m
全幅:(船)8.3m 主機:MAN社製ディーゼル機関×2基、2軸推進
吃水:2.7m
出力:3,200hp
武装:
80口径37mm単装機関砲1基
水上機2機搭載可能(ハインケル「He60」、ドルニエ「Do18」
最大速力:19.0kt
航続距離:15ktで4,500浬
乗員定数:30名
スペックデータ(「クリスチャンIII」(後の「ベルンハルト・フォン・チルシュキー」))
排水量:(常)880t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:重油 70t
全長:(全)77.0m
全幅:(船)11.0m 主機:MAN社製ディーゼル機関×3基、3軸推進
吃水:3.0m
出力:4,800hp
武装:
80口径37mm単装機関砲3基、65口径20mm単装機関砲2基、
水上機2機搭載可能(ハインケル「He60」、ドルニエ「Do18」
最大速力:20.0kt
航続距離:16ktで3,000浬
乗員定数:61名

姉妹艦名(3隻)
クリスチャンI[Krischan I](クリスチャン [Krischan])
クリスチャンII [Krischan II](ギュンター・プリュショー [Gunther Plüschow])
クリスチャンIII [Krischan III](ベルンハルト・フォン・チルシュキー [Bernhard von Tschirschky])

クリスチャン型水上機母艇について

 第一次大戦で敗戦したドイツは軍備の制限を受けており、1930年代初頭には(表向きは)貧弱な航空戦力しか保有していなかった。1933年にヒトラー政権となり35年から再軍備を始める以前に、国内での操縦士養成のために建造されたのが当クラスである。同一クラスにまとめてあるが、同一設計でないため艇の大きさや能力はマチマチである点に注意して頂きたい(各種資料では別々に紹介している場合もあるが、艇の任務同一性や建造当初は同じ艦名に番号を振ったものであったことから、同一クラスとしていることも多く、当サイトでも同一クラスとして扱った)。

 これらの艇をドイツ空軍では航空保安船[Flugsicherungsschiffe]と呼んでおり、本来は海上に墜落(不時着水)した航空機の救助・回収を念頭においたものであるが、水上機や飛行艇が本格的に運用されるようになると、洋上でこれらの機体に燃料補給や整備を施すための任務が割り振られるようになった。
 当クラスの3隻はハインケルHe60水上機やドルニエDo18飛行艇などの登場と同時期に建造され、ドイツ空軍の黎明期から水上機母艇の任務に従事している。最も小型の「クリスチャン」と最も大型の「ベルンハルト・フォン・チルシュキー」は第二次大戦で戦没しているが、「ギュンター・プリュショー」は終戦まで生き残っており、戦後にソビエトへ戦時賠償として引き渡され、1970年代まで黒海艦隊で使用されている。


クリスチャン型水上機母艇の歴史
クリスチャンI[Krischan I]
1933年?ノルトヴェルフト造船[Norderwerft Köser & Meyer]にて起工
1934年 3月11日進水
       3月24日竣工。当初の艦名は「クリスチャンI
       7月〜各地で航空機救難や水上機母艇任務に従事
1936年 8月13日艦名を「クリスチャン」と改名
1939年 9月〜第二次大戦勃発。国内及びフランスなどで作戦に従事
1944年 1月 4日キール軍港にて英軍機の攻撃を受け沈没
クリスチャンII [Krischan II]
1934年?ノルトヴェルフト造船にて起工
1935年 1月17日進水
       3月10日竣工。当初の艦名は「クリスチャン II」
       5月〜各地で航空機救難や水上機母艇任務に従事
1936年 8月13日艦名を「ギュンター・プリュショー」と改名
1939年 9月〜第二次大戦勃発。国内及びデンマーク沿岸、バルト海などで作戦に従事
1945年 1月東プロイセンからの民間人脱出(ハンニバル作戦)に参加
       9月終戦後、戦時賠償としてソビエトへ引き渡し
1946年 1月ソビエト海軍へ編入。艦名を「プルト」[Прут]と改名
黒海艦隊にて救難船として使用される
1947年 3月クレーン船へ類別変更
1978年頃廃船。解体処分となる
クリスチャンIII [Krischan III]
1934年?ノルトヴェルフト造船にて起工
1935年進水
      11月 7日竣工。当初の艦名は「クリスチャン III」
1936年 8月13日艦名を「ベルンハルト・フォン・チルシュキー」と改名
1937年 7月〜各地で航空機救難や水上機母艇任務に従事
1939年 9月〜第二次大戦勃発。ノルウェー沿岸、バルト海、フランス沿岸などで作戦に従事
1944年 6月20日ノルトヴェルフト造船にてオーバーホール中、ハンブルグ空襲を受け大破着底
後に解体処分される


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