ハンス・アルブレヒト・ヴェーデル型 水上機母艦

"Hans Albrecht Wedel" Class Seaplane Tender
Flugsicherungsschiff der "Hans Albrecht Wedel" Klasse


ドイツ空軍 ドイツ軍


Hans Albrecht Wedel
「ハンス・アルブレヒト・ヴェーデル」(1941年頃)
スペックデータ
排水量:(常)1,215t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:重油 120t
全長:(全)83.8m
全幅:(船)11.0m 主機:MAN社製ディーゼル機関×4基、2軸推進
吃水:3.1m
出力:8,800hp
武装:
80口径37mm単装機関砲3基(大戦中に1基は42口径10.5cm単装砲に換装。
Richthofenは竣工時から37mm砲2基、10.5cm砲1基)、65口径20mm単装機関砲2基、
(大戦中に4連装機関砲2基に換装。Richthofenは竣工時から20mm4連装機関砲2基)
水上機3機搭載可能(ハインケル「He60」、ブローム&フォス「Bv138」、アラド「Ar196」等)
最大速力:21.5kt
航続距離:16ktで4,100浬
乗員定数:66名

同型艦名(2隻+キャンセル3隻)
ハンス・アルブレヒト・ヴェーデル
[Hans Albrecht Wedel]
リヒトホーフェン
[Richthofen]
ヘルマン・コール
[Hermann Köhl]
他 未命名2隻

ハンス・アルブレヒト・ヴェーデル型水上機母艦について

 「航空保安船VI」[Flugsicherungsschiff VI]として計画された艦。「カール・マイヤー」型の改設計型である。基本的に「カール・マイヤー」型と比べて変化は少ないが、若干船体が大きくなっている。

 第一次大戦時の戦闘機パイロットにちなんで命名された当クラスは、1940年から順次建造が開始され、ネームシップの「ハンス・アルブレヒト・ヴェーデル」は1941年に竣工した。続いて姉妹艦の建造が行われたが、ヒトラーの命令により水上戦闘艦よりも潜水艦の建造が優先されたため、ある程度建造の進んでいた2番艦「リヒトホーフェン」以外の姉妹艦はキャンセルとなった。
 「ハンス・アルブレヒト」は終戦直前の1945年4月にソビエト軍の爆撃により戦没したが、「リヒトホーフェン」は終戦まで生き残り、戦後は戦時賠償としてソビエトに引き渡されている。


ハンス・アルブレヒト・ヴェーデル型水上機母艦の歴史
ハンス・アルブレヒト・ヴェーデル [Hans Albrecht Wedel]
1940年?シーシャウ社[Schichau-Werft]にて起工
1940年 9月 2日進水
1941年 9月22日竣工
 ノルウェー方面にて母艦任務などに従事
1944年 8月〜リューゲン島へ転戦。救難任務などに従事
1945年 1月〜東プロイセンからの民間人脱出(ハンニバル作戦)に参加
       4月 8日グダニスク湾ヘル半島南方にてソビエト軍機の爆撃を受け沈没
リヒトホーフェン [Richthofen]
1940年?シーシャウ社にて起工
1942年 3月 1日進水(9月26日説あり)
1943年 5月〜竣工。トラーヴェミュンデにて救難任務などに従事
1943年秋〜フランスへ転戦。ビスケー湾などで救難任務に従事
1944年 8月15日魚雷艇などとともに、英艦隊と交戦。交戦後はスペインへ脱出
中立国だったスペインにより終戦まで抑留される
1945年 5月終戦に伴い抑留解除。連合軍へ降伏
1946年 3月修理の後、戦時賠償としてソビエトへ引き渡し
ソビエト海軍籍に編入。艦名を「ヒビヌイ」[Хибины]と改名
 以降の消息は不明
ヘルマン・コール [Hermann Köhl]
1940年?シーシャウ社にて起工
1942年 3月19日船台を空けるため進水。その後工事中断
1944年建造キャンセルとなり、後に解体処分
未命名艦 [Unnamed]
 シーシャウ社で建造予定だったがキャンセル


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