水上機母艦 グライフ

Seaplane Tender "Greif"
Flugsicherungsschiff der "Greif"


ドイツ空軍 ドイツ軍


Greif
「グライフ」(撮影時期不詳)
スペックデータ
排水量:(常)890t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:重油 40t
全長:(全)72.0m
全幅:(船)10.6m 主機:MAN社製ディーゼル機関×2基、2軸推進
吃水:2.7m
出力:4,400hp
武装:
7.9mm単装機銃3基(戦時中に20mm単装機関砲1基を追加)
水上機3機搭載可能(ハインケル「He60」、ドルニエ「Do18」等)
最大速力:18.0kt
航続距離:15ktで2,400浬
乗員定数:63名

同型艦名(1隻)
グライフ [Greif]

水上機母艦グライフについて

 1935年に建造された「クリスチャンIII」に続いて建造された水上機母艦。船体の大きさは「クリスチャンIII」に近いが、船体は長船首楼型とされ、搭載するクレーンの形状なども全く異なっている。
 推進器には1920年代に特許が取られたシュナイダー・プロペラ(通常のスクリューではなく、回転する円盤に垂直に取り付けた羽の角度を制御することで揚力を得て、推進と舵の両機能を備えたもの)を装備しており、旋回性能は通常の船舶に比べ格段に勝っていたという。

 1937年に竣工した当艦は、トラーヴェミュンデの飛行実験場で救難船として配備されたが、その後1938年には後甲板を使ってフィーゼラー「シュトルヒ」による発着艦実験を行い、大戦中の1942年にはゴーテンハーフェンにて航空魚雷の実験などに従事している。
 終戦時に米軍に鹵獲されたが、その後フランスへ戦時賠償として引き渡され、1950年代にはフランス海軍の水上機母艦としてインドシナ戦争やスエズ紛争に参加している。1960年代以降は深海艇の母船へ改造され、カムチャッカ海溝やプエルトリコ海溝などの調査研究に参加し、フランス海軍を1987年に退役して、1990年に実艦標的として沈没するまで、長い間活躍している。
 なお、「グライフ」の艦名は水雷艇(「メーヴェ」型の一隻)にも使用されているが、当艦は空軍の所管であり海軍の艦籍には登録されていないため、重複扱いとはされていない。


水上機母艦グライフの歴史
グライフ [Greif]
(年月不詳)シュテッティナー・オーデルヴェルケ[Stettiner Oderwerke]にて起工
1936年進水
1937年 8月 1日竣工。トラーヴェミュンデで救難船として従事
       11月〜後甲板にて「シュトルヒ」による発着艦実験を行う
1939年 1月〜リューゲン島やキールにて救難任務に従事
1942年 7月〜ヘクセングルンド(魚雷兵装試験場)にて航空魚雷の実験を支援
1944年〜リューゲン島にて救難任務に従事
1945年 1月〜東プロイセンからの民間人脱出(ハンニバル作戦)に参加
      12月ヴィルヘルムスハーフェンにてアメリカ軍に接収される
1948年 2月修理後、フランスへ戦時賠償として引き渡し
フランス海軍特務艦「マルセル・ル・ビアン」[Marcel Le Bihan ]となる
1951年〜インドシナ戦争に参加。サイゴンなどで母艦任務に従事
1953年〜本国へ帰還し、ツーロンなどで任務に従事
1956年末スエズ危機勃発のため、哨戒任務などに従事
1961年〜深海艇の支援船として任務に従事
1978年艦名を「ギュスターヴ・ゼデ」[Gustave Zédé]と改名
1980年オーバーホールに際してクレーンを撤去
船体に水中観測用の足場が設置される
1987年 9月 8日退役
1990年 6月22日ツーロン沖にて実艦標的として使用され沈没


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