測量艦兼砲艦 メテオール

Survey Ship & Gunboat "Meteor"
Forschungsschiff und Kanonenboot "Meteor"


ドイツ海軍 他 ドイツ海軍 ソビエト海軍


Meteor
「メテオール」(1930年代初頭)
スペックデータ(【 】内はディーゼル機関換装後の数値)
排水量:(基)1,200t ボイラー:海軍式水管罐・石炭重油混焼×2基 燃料搭載量:石炭440t
        【重油44t】
全長:(全)71.1m
全幅:10.2m 主機:(メーカー不詳)三段膨張式レシプロ機関×2基、2軸推進
    【1934年頃にMAN社製ディーゼル機関×2基へ換装】
吃水:3.6m
出力:1,550hp
   【2,200hp】
武装:
42口径8.8cm単装砲1基
(第二次大戦時には65口径20mm単装機関砲2基を追加)
最大速力:11.5kt
      【14.5kt】
航続距離:10ktで3,650浬
      【9ktで1,000浬】
乗員定数:124名

同型艦名(1隻)
メテオール [Meteor]

測量艦兼砲艦メテオールについて

 ドイツ海軍が第一次世界大戦前に計画し、開戦後に建造を行った測量艦。第一次大戦勃発により、海外植民地の警備や自衛のために少数の砲熕を搭載するよう設計変更されたため、砲艦と類別されるようになった。
 第一次大戦中は潜水艦などの建造を優先したため、当艦は終戦までに竣工することができず、ようやく完成したのは1924年のことであった。

 1924年11月に就役した当艦は、翌年4月から南大西洋の調査航海を行い、2年間をかけて南大西洋の海図作成を行っている。また1929年からは北極圏(アイスランドやグリーンランド周辺)へ航海し、調査のほか漁業保護の任務に従事している。1937年には北大西洋の海底調査もおこなった。
 第二次大戦では、バルト海(ノルウェー沿岸)での警備任務などにも従事し終戦まで生き残っているが、戦後はソビエトに戦時賠償として接収され、ソビエト海軍の測量船として1960年代まで使用されている。


測量艦兼砲艦メテオールの歴史
メテオール [Meteor]
1914年カイゼルリッヒ造船[Kaiserliche Werft]にて起工
1915年 1月18日進水
 第一次大戦中は優先度を落とされ、工事は進まず
1924年11月竣工
1925年 4月〜南大西洋での調査航海を実施([Deutsche Atlantische Expedition]と呼ばれる)
1929年〜北極圏での調査や漁業保護に従事
1937年〜北大西洋での海底調査を実施
1939年 9月第二次大戦勃発に際し、退役。兵装の追加などの工事を行う
1940年〜再就役。ノルウェー沿岸などで警備任務などに従事
1945年 9月〜ソビエト軍の指揮下でドイツ周辺海域の測量に従事
1946年11月ソビエトへ賠償艦として引き渡される
1946年末?ソビエト海軍へ編入。艇名を「エクヴァータ」[Экватор (Ekvator)]と改名
1964年退役。兵舎船となり艇名を「PKS34」[ПКЗ 34]と改名
1975年廃船。翌年スクラップ


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