Z.31型 駆逐艦

"Z.31" Class Destroyers (Type"Mod.Z1936A")
Zerstörer der "Z.31" Klasse (Typ"die Entwicklung Z1936A")


ドイツ海軍 ドイツ海軍


Z.33
スペックデータ
排水量:(基)2,603t ボイラー:Wagner罐・重油専焼×6基 燃料搭載量:重油825t
全長:(全)127.0m
全幅:12.0m 主機:Wagner式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:4.62m
出力:70,000hp
武装:
48口径15cm単装砲4基(後に同連装砲1基、同単装砲3基へ換装)、
83口径37mm単装機関砲4基、65口径20mm単装機関砲6基、21
inch魚雷4連装発射管2基、機雷60個もしくは爆雷搭載可能(投射機4)
※大戦末期に対空兵装(10cm高角砲1基等)が追加されている
最大速力:37.5kt
航続距離:19ktで2,300浬程度
乗員定数:332名

同型艦名(7隻)
Z.31[Z.31]Z.32[Z.32]Z.33[Z.33]Z.34[Z.34]
Z.37[Z.37]Z.38[Z.38]Z.39[Z.39] 

Z.31型駆逐艦について
 1936年度計画で建造に着手した 「Z.17」型(1936年型)お よび「Z.23」型(1936年A型)が 1939年から40年にかけて相次いで竣工することから、ドイツ海軍ではこれに続く駆逐艦の建造を予定 していた。しかし1939年9月に開戦となってしまったため、新規の駆逐艦開発よりも駆逐艦戦力の増強 が急務となり、新規開発をキャンセルして「Z.23」型に準ずる駆逐艦を量産する方向へ転換した。
 開戦直後の9月19日に4隻、10月13日に3隻の建造が発注された当クラスは基本的に「Z.23」 型と変化無いもので、外見上の違いは煙突のファンネルキャップ(煤煙が艦橋へかかるのを防ぐために煙突 頂部を覆うカバー)が若干高めにされているぐらいである。そのため資料によっては「Z.23」型と同一 に扱っているものもある。搭載する15センチ砲は計画中止となった 「M」型軽巡(”O”以降の艦)用に 製作されていたものを流用している。
 戦時急造ということで内部構造や機関部が簡略化されたため若干のトラブルを抱えており、戦後連合国へ 接収された艦の中には機関部の腐食により再使用に耐えられなかったものもあったと言う。

Z.31型駆逐艦の歴史
Z.31[Z.31]
1940年 9月 1日デシマーグ社(ブレーメン)にて起工
1941年 4月15日進水
1942年 4月11日竣工
      12月31日バレンツ海海戦に参加
1943年 9月スピッツベルゲン島攻撃(ズィツィーリエン作戦)に参加
1945年 1月28日ノルウェー近海にて英巡洋艦と交戦し大破。戦線復帰は同年3月
       3月〜バルト海にて陸上砲撃任務に従事
       5月 8日敗戦による海軍解体のため除籍。英軍に接収される
1946年 2月イギリスからフランスへ引き渡し。艦名を「マルソー」[Marceau]と改名
1958年フランス海軍除籍。後にスクラップとして解体される
Z.32[Z.32]
1940年11月 1日デシマーグ社にて起工
1941年 8月15日進水
1942年 9月15日竣工
1943年〜フランス方面へ展開。ドーバー海峡付近の哨戒任務に従事
1944年 1月30日独駆逐艦「Z.37」と衝突事故を起こし損傷を負う
       6月連合軍のノルマンディ上陸を受け、橋頭堡攻撃に出撃
       6月 9日カナダ駆逐艦「ハイダ」「ヒューロン」と交戦し沈没
Z.33[Z.33]
1940年12月22日デシマーグ社にて起工
1941年 9月15日進水
1943年 2月 6日竣工
       9月スピッツベルゲン島攻撃(ズィツィーリエン作戦)に参加
      12月26日北岬沖海戦に参加
1945年 2月修理のためドイツ本国へ帰還する
       5月 7日敗戦による海軍解体のため除籍
      11月 5日賠償艦としてソビエトへ引き渡し(ソビエトへの回航は翌年1月)
1946年 2月13日バルチック艦隊へ編入。艦名を「プロヴォルヌイ」[Проворный (Provornyi)]と改名
1949年機関部のオーバーホールを実施
1950年練習艦へ類別変更
1958年 3月 1日兵舎船へ類別変更。艦名を「PKZ-149」と改名(同年4月非武装化)
1961年10月27日ソビエト海軍除籍。後にスクラップとして解体される
Z.34[Z.34]
1941年 1月14日デシマーグ社にて起工
1942年 5月 5日進水
1943年 6月 5日竣工
      11月〜ノルウェー方面へ展開
      12月26日北岬沖海戦に参加
1945年 1月ドイツ本国へ帰還する途中、英軽巡と交戦し損傷を負う
       4月15日ダンツィヒ近海にてソビエト魚雷艇と交戦し損傷を負う
1945年末進駐した米軍に接収されるが被外大のため艦籍編入されず
1946年 3月26日ジュットランド近海にて自沈処分される
Z.37[Z.37]
1940年ゲルマニア造船所(キール)にて起工
1941年 2月24日進水
1942年 7月16日竣工
1943年〜フランス方面へ展開。ドーバー海峡付近の哨戒任務に従事
1944年 1月30日独駆逐艦「Z.32」と衝突事故。魚雷誘爆により大破
       2月〜修理のためボルドーへ回航されるが、損傷大のため放置となる
       8月24日除籍。搭載砲などは陸揚げされ海岸砲に使用された
1949年フランス政府により船体は解体処分される
Z.38[Z.38]
1940年ゲルマニア造船所にて起工
1941年 8月 5日進水
1943年 3月20日竣工
      10月〜ノルウェー方面へ展開
      12月26日北岬沖海戦に参加
1945年 1月ドイツ本国へ帰還する途中、英軽巡と交戦(損傷無し)
       3月〜バルト海にて陸上砲撃任務に従事
       5月10日敗戦による海軍解体のため除籍。英軍に接収される
 艦名を「ノンサッチ」[Nonsuch]と改名。各種試験に従事
1949年英海軍除籍。後にスクラップとして解体される
Z.39[Z.39]
1940年ゲルマニア造船所にて起工
1941年 8月 5日進水
1943年 8月21日竣工
1944年〜バルト海へ展開
       6月23日ソビエト軍機の攻撃を受け損傷を負う
1945年 2月〜ドイツ本国(キール)にて修理完了するが、特に目立った行動は無い
       5月10日敗戦による海軍解体のため除籍。英軍に接収される
       7月15日イギリスからアメリカへ引き渡し。艦名を「DD-939」と改名。各種試験に使用
1947年フランスへ売却。状態が悪いため艦籍編入されず部品取り用として使用される
1964年 2月解体処分される


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