Z.1(レーベリヒト・マース)型 駆逐艦

"Z.1"("Leberecht Maas") Class Destroyers (Type"Z1934")
Zerstörer der "Z.1"("Leberecht Maas") Klasse (Typ"Z1934")


ドイツ海軍 ドイツ海軍


Z.2 (Georg Thiele)
スペックデータ
排水量:(基)2,232t ボイラー:Benson罐・重油専焼×6基 燃料搭載量:重油752t
全長:(全)114.0m
全幅:11.3m 主機:Wagner式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:4.23m
出力:70,000hp
武装:
45口径5inch単装砲5基、83口径37mm単装機関砲4基、65口径
20mm単装機関砲4〜6基、21inch魚雷4連装発射管2基、機雷60
個もしくは爆雷搭載可能(投射機4)
最大速力:36.0kt
航続距離:19ktで1,900浬
乗員定数:325名

同型艦名(4隻)
Z.1(レーベリヒト・マース)
[Z.1 (Leberecht Maas)]
Z.2(ゲオルグ・ティーレ)
[Z.2 (Georg Thiele)]
Z.3(マクス・シュルツ)
[Z.3 (Max Schultz)]
Z.4(リヒャルト・バイツェン)
[Z.4 (Richard Beitzen)]

Z.1型駆逐艦について
 第一次大戦で敗戦したドイツはベルサイユ条約により大型艦の建造保有を認められなくなっていたが、 小型艦についても排水量800トン未満という制限が設けられていた。そのため1920年代には条約 の制限枠一杯を使った小型駆逐艦 「メーヴェ」型「ヴォルフ」型を建造していたの だが、1933年に始まった海軍増強計画で極秘裏に大型の駆逐艦建造を行うこととした。
 そこで1934年度の計画により他国の嚮導駆逐艦に匹敵する大型駆逐艦の建造を開始し、最初に建 造された4隻が当クラスである。ドイツ海軍の駆逐艦は駆逐艦を示す記号Z(ドイツ語で駆逐艦を意味 するツェアシュテーラー(Zerstörer)の頭文字)に計画順の連番を付与した艦名が付けられている が、初期の駆逐艦には別に固有の名称も付与されている。なお当クラスの完成により以前建造された小 型駆逐艦は全て水雷艇へ類別変更となった。
 技術偏重の傾向があるドイツらしく、高温高圧罐の採用や減揺タンクの設置など凝った造りの設計で、 機関部をシフト配置(艦前部に4基、後部に2基のボイラーを配置したため第一煙突の方が太い)にす るなど生存性が高められているところもドイツらしい艦であった。
 第二次大戦では緒戦から作戦行動を行っていたが、姉妹艦4隻のうち3隻が1940年に戦没してし まい、残った1隻だけが終戦までを戦い抜いている。

Z.1型駆逐艦の歴史
Z.1(レーベリヒト・マース)[Z.1 (Leberecht Maas)]
1934年10月10日ドイッチュ・ヴェルケ社(キール)にて起工
1935年 8月18日進水
1937年 1月14日竣工
1939年 9月〜第二次大戦開戦。ポーランド攻略戦に参加
      9月 3日ポーランド海軍艦艇や陸上砲台と交戦、小破
1940年 2月22日北海にて自軍爆撃機の誤爆を受け、回避中に英軍機雷と触雷沈没
Z.2(ゲオルグ・ティーレ)[Z.2 (Georg Thiele)]
1934年10月25日ドイッチュ・ヴェルケ社にて起工
1935年 8月18日進水
1937年 2月27日竣工
1939年 9月〜第二次大戦開戦。ポーランド攻略戦に参加
1940年 4月〜ノルウェー攻略戦(ヴェーゼル演習作戦)に参加。ナルヴィク攻略に従事
      4月10日第一次ナルヴィク海戦に参加。英駆逐隊と交戦し大破
      4月13日第二次ナルヴィク海戦に参加。英艦隊と交戦し沈没
Z.3(マクス・シュルツ)[Z.3 (Max Schultz)]
1935年 1月 2日ドイッチュ・ヴェルケ社にて起工
     11月30日進水
1938年 4月 8日竣工
1939年 8月25日ボルンホルム島近海にて独水雷艇「ティーガー」と衝突損傷
      9月〜第二次大戦開戦。ポーランド攻略戦に参加
1940年 2月22日北海にて自軍爆撃機の誤爆を受け、回避中に英軍機雷と触雷沈没
Z.4(リヒャルト・バイツェン)[Z.4 (Richard Beitzen)]
1935年 1月 7日ドイッチュ・ヴェルケ社にて起工
     11月30日進水
1937年 5月13日竣工
1939年 9月〜第二次大戦開戦。ポーランド攻略戦に参加
1940年初頭〜英国近海の機雷敷設に参加
1941年11月英駆逐隊と交戦。損傷を負う
1942年 1月〜修理完了後戦線復帰。フランス方面で任務に従事
      2月ツェルベルス作戦に参加。ドーバー海峡を強行突破
      3月〜ノルウェー方面で任務に従事
      7月 1日ソビエト向け船団(PQ17船団)襲撃に参加
     12月31日バレンツ海海戦に参加
1944年〜ノルウェー−ドイツ間の哨戒任務や護衛任務に従事
1945年 3月ジュットランドにて英軍機の攻撃を受け大破。オスロへ帰還する
      5月14日敗戦のためオスロにて英軍へ引き渡される
1947年英国にてスクラップとして解体される


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