サン・スーシ(2代)型 水上機母艦(高速護衛艇)

"Sans Souci" Class Seaplane Tender (Fast Escort Vessel)
Transport d'hydravions de la Classe "Sans Souci" (Schnelle Geleitboote)


フランス海軍 他 フランス海軍 ドイツ海軍


Sans Souci
「ボータン・ボープレ」(旧「サン・プール」/1950年代?)
スペックデータ(【 】内は戦後の数値)
排水量:(満)1,760t
     【(満)2,100t】
ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:重油 256t
全長:(全)95.0m
全幅:(船)11.8m 主機:Sulzer式ディーゼル機関×2基、2軸推進
吃水:3.2m
出力:4,200hp
    【4,140hp】
武装:
50口径7.5cm単装砲1基(独海軍編入後は10.5cm単装砲2基、
37mm連装機砲2基、20mm連装機関砲5基【6基】)
(計画では水上機1機搭載可能)
最大速力:18.0kt
      【16.7kt】
航続距離:10ktで12,000浬
乗員定数:178名

同型艦名(4隻)
サン・スーシ(2代) [Sans Souci]ラ・ペルーズ [La Pérouse]
サン・プール [Sans Peur]サン・リポッシュ [Sans Reproche]

サン・スーシ(2代)型水上機母艦について

 第二次大戦前にフランス海軍が建造していた小型水上機母艦であるが、1940年にドイツがフランスへ侵攻し、建造中だった当クラスは全艦がドイツ軍に接収された。接収直後はドイツ空軍の所管とされ、航空保安船[Flugsicherungsschiffe](水上機母艦/航空機救難艦の独軍での類別呼称)として「ウラーヌス」[Uranus]、「ザトゥルン」[Saturn]、「ユーピター」[Jupiter]、「メルクーア」[Merkur]の計画名称で建造が続行されたが、1942年にドイツ海軍の所管に移され高速護衛艇[Schnelle Geleitboote]として完成することになった。

 高速護衛艇となったためドイツ製の火砲により武装化され、水上機関係の設備は搭載されることはなかった。当クラスは船体構造が脆弱で凌波性も悪く、最高速度は17〜18ノットとお世辞にも『高速』とは言えない艦であったため、沿岸防衛隊に配属され沿岸部での哨戒任務などに従事している。4隻の姉妹艦のうち2隻が大戦中に戦没したが、生き残った2隻は戦後フランスへ返還され、1960年代までフランス海軍の通報艦(植民地警備艦)兼水路調査艦[Avisos Hydrographiques](1950年代にFで始まる艦番号が付けられたので、資料によってはフリゲートと分類しているものもある)として使用されている。


サン・スーシ(2代)型水上機母艦の歴史
サン・スーシ(2代) [Sans Souci]
1940年ロワール造船所[Ateliers et Chantiers de la Loire]にて起工
       6月ドイツのフランス侵攻により、ドイツ軍に接収される
      11月28日進水
1941年 2月独空軍所管の航空保安船として建造続行
1942年 4月独海軍へ移管。高速護衛艇へ計画変更
      11月22日竣工。独海軍「SG3」と命名。沿岸部で哨戒任務に従事
1944年 8月 6日連合軍機の爆撃により大破炎上の後に沈没
ラ・ペルーズ [La Pérouse]
1940年ロワール造船所にて起工
       6月ドイツのフランス侵攻により、ドイツ軍に接収される
      11月28日進水
1941年 2月独空軍所管の航空保安船として建造続行
1942年 4月独海軍へ移管。高速護衛艇へ計画変更
1943年 9月 2日竣工。独海軍「SG4」と命名。沿岸部で哨戒任務に従事
1945年 5月ドイツ敗戦により、フランスへ返還となる
1947年 5月修理後、フランス海軍へ編入。通報艦兼水路調査艦となる
艦名を「ラ・ペルーズ」に戻す
1969年退役。浮きハルクへ類別変更
1983年以降廃船。後に解体処分
サン・プール [Sans Peur]
1940年ペノエ造船所[Ateliers et Chantiers de Saint-Nazaire Penhoet]にて起工
       6月ドイツのフランス侵攻により、ドイツ軍に接収される
      10月 2日進水
1941年 2月独空軍所管の航空保安船として建造続行
1942年 4月独海軍へ移管。高速護衛艇へ計画変更
       8月 9日竣工。独海軍「SG1」と命名。沿岸部で哨戒任務に従事
1943年 8月哨戒中に触雷損傷。修理されず任務から外される
1945年 5月ドイツ敗戦により、フランスへ返還となる
1947年 5月修理後、フランス海軍へ編入。通報艦兼水路調査艦となる
艦名を「ボータン・ボープレ」[Beautemps Beaupré]と改名
1969年退役。浮きハルクへ類別変更
1973年廃船。後に解体処分
サン・リポッシュ [Sans Reproche]
1940年ペノエ造船所にて起工
       6月ドイツのフランス侵攻により、ドイツ軍に接収される
      10月30日進水
1941年 2月独空軍所管の航空保安船として建造続行
1942年 4月独海軍へ移管。高速護衛艇へ計画変更
       9月 7日竣工。独海軍「SG2」と命名。沿岸部で哨戒任務に従事
1943年 5月 8日哨戒中に触雷損傷
       9月23日修理中に連合軍機の爆撃を受け大破。船体は放棄される


検索画面に戻るときはブラウザの「戻る」等の機能を使用してください。 LAST UPDATE 2016,06,04