リシュリュー型 戦艦

"Richelieu" Class BattleShips
Cuirassé de la Classe "Richelieu"


フランス海軍 フランス海軍


Richelieu
戦艦「リシュリュー」(1943年)

下記写真はイーグルモス社発行「隔週刊 世界の軍艦コレクション」付属の模型です(クリックで拡大(要Javascript))
リシュリュー
第76号(2015.12.22)
戦艦「リシュリュー」1945年

スペックデータ(【 】内はJean Bart以降の艦のデータ)
排水量:(満)47,548t
   【(満)49,850】
ボイラー:Indret罐・重油専焼×6基 燃料搭載量:重油6,796t
    【重油:6,476t】
全長:(全)247.80m
全幅:33.02m
   【35.5m】
主機:Parsons式ギヤードタービン×4基、4軸推進
吃水:10.70m
   【9.91m】
出力:150,000hp
武装:
45口径38cm4連装砲2基、55口径6inch3連装砲3基、
45口径10cm連装高角砲6基【55口径10cm連装高角砲12基】、
56口径40mmボフォース機関砲69基【60口径57mm高射機関砲28基】
最大速力:30.0kt
航続距離:18ktで5,000浬
乗員定数:1,550名
   【2,134名】

同型艦名(2隻+未竣工4隻)
リシュリュー[Richelieu]ジャン・バール(2代)[Jean Bart(2)]クレマンソー[Clemenceau]
ガスコーニュ[Gascoigne]他に名称未定艦2隻(未竣工)

リシュリュー型戦艦について
 旧式な戦艦ばかりを保有していたフランス海軍がようやく建造した新造戦艦「ダンケルク」型だったが、これはワシントン条約の制限内で作られたものであった。そこでフランス海軍は条約明けを見越し条約制限に囚われない戦艦の建造を「ダンケルク」型に引き続いて行うこととした。
 艦の形状は「ダンケルク」型と同様に主砲塔を艦前部に集中しており、4連装砲塔にしたのも同様であったが主砲口径は38センチに拡大されている。また艦後部には連装副砲塔を三角形状に配置した。
 建造はネームシップである「リシュリュー」が1935年、「クールベ」型の艦から名前を引き継いだ2番艦「ジャン・バール」が1936年から建造が開始されたのだが、1940年にフランスが降伏するまでにどちらも竣工できず部分的に未完成なまま本国から脱出、「リシュリュー」は一度は英艦隊と砲火を交えたが結局自由フランス軍の指揮下に置かれ、「ジャン・バール」はトーチ作戦(北西アフリカ上陸作戦)のカサブランカ制圧部隊に所属する米戦艦「マサチューセッツ」の攻撃により戦闘不能となってしまい、終戦まで修理が行われることはなかった。
 3番艦「クレマンソー」以降の艦は未竣工のまま終わっているが、「クレマンソー」では後部副砲の配置が変更されており、4番艦「ガスコーニュ」以降の艦は主砲塔が艦の前後に1基ずつ振り分けられた形に変更されている。
 「リシュリュー」「ジャン・バール」とも第二次世界大戦を生き残り、1940年代末から50年代にかけてフランス海軍の中心として活躍している。

リシュリュー型戦艦の歴史
リシュリュー[Richelieu]
1935年10月22日ブレスト[Brest]工廠にて起工
1939年 1月27日進水
1940年 7月15日工事進捗率95%のところでフランス降伏。ダカールへ向け脱出
      9月23日フランス植民地軍に所属しダカール沖海戦に参加。英艦隊の砲撃を受け損傷
1942年連合軍に捕獲され、自由フランス軍の指揮下に編入される
1943年破損個所の修理のためアメリカへ回航される。修理完了は同年10月
1944年英海軍東洋艦隊の指揮下で作戦活動を行う
1947年インドシナ戦争に参加。東南アジア方面で作戦行動
1956年除籍。保管船となる
1959年〜ブレスト港で倉庫船として用いられる
1964年スクラップとして解体処分される
ジャン・バール(2代)[Jean Bart(2)]
1936年12月12日ロワール[Loire]造船所にて起工
1940年 3月 6日進水
      7月工事進捗率80%弱のところでフランス降伏。カサブランカへ向け脱出
 フランス植民地軍に所属するが、未竣工のため作戦行動は取らなかった
1942年11月 8日カサブランカ港にて連合軍上陸部隊と戦闘。米戦艦の砲撃を受け大破
1946年設計を小変更し戦艦として完成させることが決定
1949年 1月本国へ回航され、工事を再開する
1955年 5月 1日竣工
1956年スエズ危機に際し英艦隊と共に作戦活動を行う
1961年 1月除籍。以降はツーロンで倉庫船として用いられる
1970年スクラップとして解体処分される
クレマンソー[Clemenceau]
1939年 1月17日ブレスト工廠にて起工
1940年 7月ブレスト港にて侵攻してきたドイツ軍に捕獲される
1943年 6月乾ドックを空けるために進水させられる
1944年 8月27日連合軍機の爆撃によりブレスト港内にて沈没
ガスコーニュ[Gascoigne]
1941年ロワール造船所にて起工予定だったが建造中止
5番艦(名称未定)[No.5 Unnamed]
1941年ブレスト工廠にて起工予定だったが建造中止
6番艦(名称未定)[No.6 Unnamed]
1941年ロワール造船所にて起工予定だったが建造中止


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