ラ・ガリソニエール型 軽巡洋艦

"La Galissonnière" Class Light Cruisers
Croiseurs Légers Classe "La Galissonnière"


フランス海軍 フランス海軍


Montcalm(自由フランス軍時代)
スペックデータ
排水量:(満)9,100t ボイラー:Indret罐・重油専焼×4基 燃料搭載量:重油1,560t
全長:(全)179.53m
全幅:17.50m 主機:Parsons式蒸気タービン×2基、4軸推進
  (GloireのみRateau-Bretagne式蒸気タービン×2基、4軸推進)
吃水:5.36m(平均値)
出力:84,000hp
武装:
6inch3連装砲3基、3.5inch連装砲4基、(一部艦は後に
40mm機関砲や20mm機関砲を多数追加搭載した)、55cm
魚雷連装発射管2基、水偵4機搭載
最大速力:31.0kt
航続距離:12ktで7,000浬
乗員定数:540〜670名

同型艦名(6隻)
ラ・ガリソニエール[La Galissonnière]ジャン・ド・ヴィエンヌ[Jean de Vienne]
グロアール[Gloire]マルセイエーズ[Marseillaise]
モンカルム[Montcalm]ジョルジュ・レイグ[Georges Leygues]

ラ・ガリソニエール型軽巡洋艦について
 「エミール・ベルタン」に続 いて1931年度計画で建造が認可された軽巡洋艦。 「デュゲイ・トルーアン」型以 外の条約型軽巡は単艦建造しか行っていなかったが、当クラスは計画当初から2隻の建造が計画され、翌 年4隻の追加建造が認められたため全部で6隻の姉妹艦が建造されている。
 それまでの軽巡が防御力の低いものであったのに対し、当クラスでは舷側装甲が追加されたことで防御 力を増しており、「エミール・ベルタン」で採用された3連装砲を搭載することで攻撃力も高いものを持 っていた。
 水偵搭載設備も充実しており、後部砲塔上に射出カタパルトを配置し砲塔後方(艦前方側)には4機の 水偵を格納できる格納庫が用意されている。
 第二次大戦では全艦ともビシー政権の指揮下に入ったが、うち3隻はツーロン軍港でサボタージュのた め自沈し、残り3隻は途中で自由フランス軍に参加して連合軍側に立って戦い終戦まで生き残っている (自由フランス軍に参加した艦は、その際にカタパルトなどを撤去し対空兵装を強化している)。

ラ・ガリソニエール型軽巡洋艦の歴史
ラ・ガリソニエール[La Galissonnière]
1931年12月15日ブレスト[Brest]工廠にて起工
1933年11月18日進水
1936年 4月 1日竣工
1939年 9月〜第二次大戦勃発により、チュニジア近海の警戒任務に従事
     11月〜ブレスト工廠にて修理を実施。完了は翌年3月
1940年 7月〜フランス降伏のため、ビシー政府の指揮下に入る
1942年11月27日ドイツ軍の接収をおそれツーロン軍港にて自沈
     12月イタリア軍に接収され、FR.12の名でイタリア海軍籍に編入
1943年 3月 9日イタリア軍の手により浮揚され、保管船となる
      9月イタリア降伏により管理権はビシー政府に移る
     11月24日連合軍の空襲により損傷する
1944年 8月18日連合軍の空襲により沈没する
1952年浮揚後、スクラップとして解体処分される
ジャン・ド・ヴィエンヌ[Jean de Vienne]
1931年12月20日ロリアン[Lorient]工廠にて起工
1935年 7月31日進水
1937年 2月10日竣工
1939年11月〜ビゼルトを拠点に北アフリカ沿岸部の警戒任務に従事
     12月末〜英国への金塊輸送任務に従事
1940年 6月イタリア沿岸部、紅海などの警戒任務に従事
      7月〜フランス降伏のため、ビシー政府の指揮下に入る
1942年11月27日ドイツ軍の接収をおそれツーロン軍港にて自沈
     12月イタリア軍に接収され、FR.11の名でイタリア海軍籍に編入
1943年 2月18日イタリア軍の手により浮揚され、保管船となる
      9月イタリア降伏により管理権はビシー政府に移る
     11月24日連合軍の空襲によりドック内で横転、破壊される
ジョルジュ・レイグ[Georges Leygues]
1933年 9月21日ペノエ[St.Nazaire Penhoët]造船所にて起工
1936年 3月24日進水
1937年11月15日竣工
1939年 9月〜カサブランカ近海で警戒任務に従事
1940年 7月〜フランス降伏のため、ビシー政府の指揮下に入る
      9月リーブルビルにて英艦と戦闘を行う
1941年 8月〜カサブランカへの金塊輸送任務に従事
1943年連合軍の北アフリカ上陸を受け連合軍と休戦。自由フランス軍に参加する
      4月〜ダカールを拠点に大西洋方面にて警戒任務に従事
1944年 6月連合軍のフランス上陸(ノルマンディ作戦)を支援
      7月〜南フランスへの上陸作戦を支援
 戦後はフランス海軍籍に復帰。59年除籍解体される
マルセイエーズ[Marseillaise]
1933年10月23日ロワール[Loire]造船所にて起工
1935年 7月17日進水
1937年10月10日竣工
1939年 9月〜ツーロンを拠点に沿岸部の警戒任務に従事
1940年 4月〜カナダへの金塊輸送任務に従事
      7月〜フランス降伏のため、ビシー政府の指揮下に入る
1942年11月27日ドイツ軍の接収をおそれツーロン軍港にて自沈
1946年浮揚後、スクラップとして解体処分される
グロアール[Gloire]
1933年11月13日ジロンド[Gironde]造船所にて起工
1935年 9月28日進水
1937年11月15日竣工
1939年12月〜カナダへの金塊輸送任務に従事
1940年 7月〜フランス降伏のため、ビシー政府の指揮下に入る
      9月〜自由フランス軍攻撃のためダカールへ派遣される
      9月18日機関故障のため立ち往生し、英巡洋艦により拿捕される
1942年末〜自由フランス軍に参加し、大西洋などで警戒任務に従事
1944年 2月〜イタリアやコルシカへの兵員輸送任務に従事
      8月〜南フランスへの上陸作戦を支援
1946年〜仏印へ進駐。ベトナム独立同盟(ベトミン)と交戦する
1955年 2月 1日除籍。保管船となる
1958年 1月スクラップとして解体処分される
モンカルム[Montcalm]
1933年11月15日セイン[Seyne]造船所にて起工
1935年10月26日進水
1937年11月15日竣工
1939年 9月〜大西洋にて独軍の通商破壊に対する警戒任務に従事
1940年 4月〜連合軍のノルウェー上陸作戦を支援
      7月〜フランス降伏のため、ビシー政府の指揮下に入る
      9月〜自由フランス軍攻撃のためダカールへ派遣される
1942年末〜自由フランス軍に参加し、大西洋などで警戒任務に従事
1944年 6月連合軍のフランス上陸(ノルマンディ作戦)を支援
      8月〜南フランスへの上陸作戦を支援
1944年末〜南フランス沿岸部への砲撃任務に従事
1946年〜仏印へ進駐。ベトナム独立同盟(ベトミン)と交戦する
1957年 5月 1日退役。チュニジアにて保管船となる
1959年ツーロンへ回航され、海軍潜水艦学校の設備として使用される
1961年Bクラス保管船となる
1969年12月31日除籍。廃船Q457と改名され、後に解体処分された


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