軽巡洋艦/敷設巡洋艦 エミール・ベルタン

Light(Minelayer) Cruiser "Emile Bertin"
Croiseur léger(Mouilleur de Mines) "Emile Bertin"


フランス海軍 フランス海軍


Emile Bertin(戦後の姿と思われる)
スペックデータ
排水量:(満)8,480t ボイラー:Penhoët罐・重油専焼×6基 燃料搭載量:重油1,360t
全長:(全)177.00m
全幅:16.00m 主機:Parsons式蒸気タービン×2基、4軸推進
吃水:6.60m
出力:102,000hp
武装:
6inch3連装砲3基、3.5inch連装砲1基、同単装砲2基、
37mm連装機関砲4基、55cm魚雷3連装発射管2基、機雷
敷設装備あり、水偵2機搭載(後に機関砲と魚雷発射管を撤去
し9cm連装高角砲2基、40mm4連装機関砲4基へ換装した)
最大速力:34.0kt
航続距離:15ktで3,600浬
乗員定数:700名程度

同型艦名(1隻)
エミール・ベルタン[Emile Bertin]

軽巡洋艦/敷設巡洋艦エミール・ベルタンについて
 重巡「アルジェリー」と共 に1930年度計画で建造が認められた軽巡洋艦。当初は 「プルトン」の改良型となる 高速敷設艦であったが、機雷敷設という単一任務のために高性能な専用艦を建造するのは 無駄であるとして、機雷敷設も可能な軽巡洋艦へ計画が変更され、改設計により兵装が強化された当艦 は1931年から建造開始となり、35年に就役したが、実際には機雷敷設任務に従事することは無く、 水雷戦隊旗艦としての任務が主となっている(後甲板に機雷敷設用の軌条が設けられており、機雷敷設 の際にはこの軌条を使用することになっていた)。
 フランス海軍初の6インチ3連装砲採用や、強力な機関による高速発揮(公式最高速度は34ノット だが、一時的な緊急出力発揮の場合には36ノット超の速度を出すことができ、公試時の過負荷出力試 験時には40ノット近い速力を発揮した)など他国の新型軽巡に比較しても遜色のない性能を持ってい たが、残念ながらフランス屈指と言われた造船官の名前を冠した当艦のみの建造に終わり、姉妹艦は建 造されていない。
 第二次大戦では開戦時に12隻の大型駆逐艦を率いる水雷戦隊旗艦として軍務に付いていたが、フラ ンスが降伏した際にマルティニク島で連合軍に武装解除され、後に自由フランス軍に参加してからは連 合軍と共に南フランス上陸などの支援を行っている。

軽巡洋艦/敷設巡洋艦エミール・ベルタンの歴史
エミール・ベルタン[Emile Bertin]
1931年 8月18日ペノエ[St.Nazaire Penhoët]造船所にて起工
1933年 5月 9日進水
1935年 1月28日竣工
〜1939年水雷戦隊の旗艦などを務める
1939年 9月レバノンからツーロンへ金塊(通貨準備金)を運搬する任務に就く
     10月〜ツーロンにて修理を実施。完了は翌年1月
1940年 1月〜カナリア諸島にて警戒任務に従事
      4月連合軍のノルウェー上陸作戦を支援
      4月19日独軍機の爆撃を受け損傷する
      5月英国へ金塊(通貨準備金)を運搬する任務に就く
      6月フランス降伏によりアンティル諸島マルティニク島で活動停止となる
1942年 5月マルティニク島にて連合軍に武装解除される
1943年 6月〜自由フランス軍に参加。アメリカにて対空兵装強化の工事を実施
      8月〜ダカール近海にて連合軍と共に任務に従事
1944年 2月〜地中海にて南フランス攻撃、上陸作戦(ドラグーン作戦)等を支援
1946年 7月〜仏印へ進駐。ベトナム独立同盟(ベトミン)と交戦する
1950年代砲術練習艦となる
1959年除籍日不明。10月にスクラップとして解体処分される


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