デュケーヌ型 重巡洋艦

"Duquesne" Class Heavy Cruisers
Croiseurs Lourds Classe "Duquesne"


フランス海軍 フランス海軍


Duquesne
スペックデータ
排水量:(満)12,200t ボイラー:Guyot罐・重油専焼×9基 燃料搭載量:重油1,820t
全長:(全)191.03m
全幅:19.02m 主機:Rateau-Bretagne式ギヤードタービン×4基、4軸推進
吃水:7.01m
出力:120,000hp
武装:
50口径8inch連装砲4基、50口径7.5cm単装高角砲8門、
60口径37mm連装機関砲4基(後に56口径40mm連装機関砲へ換装)、
55cm魚雷3連装発射管2基、(後に水偵2機搭載)
最大速力:33.7kt
航続距離:15ktで4,500浬
乗員定数:605名

同型艦名(2隻)
デュケーヌ[Duquesne]トゥールヴィル[Tourville]

デュケーヌ型重巡洋艦について
 1922年のワシントン海軍条約締結後にフランスが初めて建造した条約型重巡洋艦。兵装や排水量 などは他国の条約型重巡と差異のないものであったが、実際には高速を発揮するため装甲を極端に減ら してあり(全体装甲重量が430トンと少ない)、防御力に関してはほとんど無いのも同然の艦で、日 米などが重巡を戦列艦として戦艦の縮小型と位置づけたのに対し、こちらは軽巡洋艦の拡大型と解釈で きる。
 条約締結直後から設計が開始されたが、当時のフランスには条約で認められた最大枠となる8インチ 砲に適当なものが無く、主砲なども一から設計したため建造は1924年度になってから開始されてい る。
 上にも書いたとおり装甲を極端に減らしてあるので生存性を高めるため機関部はシフト配置とされ、 竣工直前の公試では最高速度35ノットを記録し、重量軽減による高速化の目的は達成されたと言って よいだろう。
 第二次大戦緒戦ではインド洋にて護衛任務に従事していたが、フランス降伏時にはアレキサンドリア にあり、一時は武装解除されたものの後に自由フランス軍に参加し連合軍艦艇と共に作戦行動を行って いる。
 なお一部資料では当クラスを、数日早く竣工した2番艦の名前を取って「トゥールヴィル」型と呼称 しているものも見受けられる。

デュケーヌ型重巡洋艦の歴史
デュケーヌ[Duquesne]
1924年10月30日ブレスト(Brest)工廠にて起工
1925年12月17日進水
1928年12月 6日竣工
1932年〜ツーロンを基地とし、第1もしくは第3戦隊で任務に従事
1938年〜海軍砲術学校の砲術練習艦として訓練任務に従事
1940年 1月〜ダカール沖にて独艦に対する哨戒任務に従事
      5月〜X部隊第2巡洋艦隊の旗艦としてアレキサンドリアへ進出
      7月〜フランスの降伏を受け、英軍に武装解除される
1943年 6月〜自由フランス軍に参加し、アメリカにて対空兵装強化工事を実施
     12月〜連合軍艦艇として戦線へ復帰。ダカール沖にて哨戒任務に従事
1944年 5月〜ネプチューン作戦に参加。同年フランス海軍籍に復帰
     12月〜フランス大西洋岸のドイツ軍陣地を砲撃
1945年 6月〜ブレストにてオーバーホールを実施。完了は同年11月
1946年 1月〜仏印へ進駐。ベトナム独立同盟(ベトミン)と交戦する
1947年 8月退役。予備役船となりツーロンに係留される
1955年 7月 2日除籍。後にスクラップとして解体処分される
トゥールヴィル[Tourville]
1925年 3月 4日ロリアン(Lorient)海軍工廠にて起工
1926年 8月24日進水
1928年12月 1日竣工
1932年〜ツーロンを基地とし、第1もしくは第3戦隊で任務に従事
1939年 8月〜第2巡洋艦隊に所属し、地中海で哨戒任務に従事
1940年 5月〜X部隊に所属しアレキサンドリアへ進出
      7月〜フランスの降伏を受け、英軍に武装解除される
1943年 6月〜自由フランス軍に参加し、アメリカにて対空兵装強化工事を実施
     12月〜連合軍艦艇として戦線へ復帰。船団護衛などに従事
1944年11月〜ビゼルトにてオーバーホールを実施。完了は終戦後
1946年 1月〜仏印へ進駐。ベトナム独立同盟(ベトミン)と交戦する
1947年12月11日退役。予備役船となりラニオンに係留される
1961年 4月28日除籍。63年スクラップとして解体処分される


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