クールベ型 戦艦

"Courbet" Class BattleShips
Cuirassé de la Classe "Courbet"


フランス海軍 フランス海軍


Courbet
スペックデータ
排水量:(満)25,850t ボイラー:Belleville罐・石炭重油混焼×24基
    ParisはNiclausse罐・石炭重油混焼×24基
燃料搭載量:石炭2,706t
       重油  310t
全長:(全)167.95m
全幅:28.13m 主機:Parsons式ギヤード蒸気機械×4基、4軸推進
吃水:8.99m
出力:28,000hp
武装:
45口径12inch連装砲6基、55口径5.46inch単装砲22基、
45cm魚雷発射管4門、(1930年代に75mm単装高角砲を4〜7基追加)
最大速力:21〜22kt
航続距離:10ktで4,200浬
乗員定数:約1,100名

同型艦名(3隻:第二次大戦に参加した艦のみ)
クールベ[Courbet]ジャン・バール(初代)[Jean Bert(1)]パリ[Paris]

クールベ型戦艦について
 フランスが第一次大戦前に建造したド級戦艦。主砲は当時の標準的な12インチ(30.5センチ)口径のものだが砲配置を連装砲塔6基12門としており、当クラス以前に建造されたフランス戦艦(準ド級艦)が4門の主砲しか持たなかったのと比べると格段に火力が強化されている。
 第一次大戦では地中海方面で作戦行動を行ったが、大きな海戦に参加することもなく全艦無事に乗り切っている。4番艦「フランス」[France]は1922年に座礁沈没してしまったが、残り3隻は第二次大戦にも参加している(ただし「ジャン・バール」は新鋭戦艦「リシュリュー」型2番艦にその名を譲り、1937年から停泊実習船として使用されているため作戦活動には参加していない)。
 第二次大戦が始まりドイツがフランスへ侵攻した時、「クールベ」「パリ」の両艦は英国ポーツマスに逃れ、そのまま連合軍の指揮下に入った。しかし旧式艦であったため作戦任務には就かず、港湾内で防空艦や兵舎として使用されるのみに留まっており、「クールベ」はノルマンディー上陸作戦の際、防波堤として沈められてしまった。

クールベ型戦艦の歴史
クールベ[Courbet]
1910年 9月 1日ブレスト[Brest]工廠にて起工
1911年 9月23日進水
1913年11月19日竣工
1914年〜第一次大戦に参加
1929年ボイラー換装等の工事を実施。姉妹艦のうち当艦のみ出力は43,000hpに増強されている
1940年 5月25日ドイツ軍の侵攻を受けてブレストを出港
      6月ポーツマスにて連合軍(英海軍)の指揮下に入る
      7月〜港湾の防空艦として使用される
1941年 4月武装を降ろし、北アフリカ防衛のために流用する
1944年 6月 9日防波堤としてノルマンディー沖に海没処分
ジャン・バール(初代)[Jean Bart(1)]
1910年11月15日ロリアン[Lorient]工廠にて起工
1911年 9月22日進水
1913年 6月15日竣工
1914年〜第一次大戦に参加
     12月21日南アドリア海で独潜水艦の雷撃を受け損傷
1937年「オセアン」[Océan]と改名。翌年停泊練習船となる
1940年 6月カサブランカにて侵攻してきたドイツ軍に接収される
1944年 3月 7日連合軍の爆撃を受け大破
      3月15日標的艦としてドイツ軍の手により沈められる
1946年〜浮揚後、解体。スクラップとして破棄される
パリ[Paris]
1911年11月10日地中海[Méditerranée]造船所にて起工
1912年 9月28日進水
1914年 8月 1日竣工
 第一次大戦に参加
1920年代対空兵装の追加工事を実施
1939年砲術学校の練習船となる
1940年 6月ポーツマスにて連合軍(英海軍)の指揮下に入る
      7月〜兵舎として使用するため英海軍に貸与される
1945年 8月フランスへ返還される
 ブレスト港にて橋船として使用される
1955年12月スクラップとして売却される


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