CH1型 駆潜艇

"CH1" Class Submarine Chaser
Chasseur de Sous-Marin Classe "CH1"


フランス海軍 他 フランス海軍 自由フランス海軍 ドイツ海軍


CH2
「CH2」(撮影時期不詳(大戦後半頃か?):Photo from Wikipedia Commons)
スペックデータ
排水量:(基)148t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:重油(搭載量不明)
全長:(全)48.1m
全幅:5.5m 主機:MAN式またはSulzer式ディーゼル機関×2基、2軸推進
吃水:1.9m
出力:2,400hp
武装:
35口径75mm単装砲1基、8mm単装機銃2基、
1940年に爆雷10個の搭載設備を増設(投射機4、投下ラック1)
最大速力:20.0kt
航続距離:不明
乗員定数:41名

同型艦名(4隻)
CH1 [CH1]CH2 [CH2]CH3 [CH3]CH4 [CH4]

CH1型駆潜艇について

 フランス海軍は第一次大戦時にドイツの潜水艦に対抗するため、アメリカから多数の木造駆潜艇(「SC−1」型)を取得した。1930年代に入って、これらの艇が老朽化してきたことから、代替となる駆潜艇を建造することとし、プロトタイプとなる艇を設計した。このプロトタイプは船体を鋼製としており全部で4隻が建造されたが、搭載機関は比較のためか、MAN式(「CH1」「CH3」)もしくはスルザー式(「CH2」「CH4」)のディーゼル機関が半々に搭載されている。

 1934年に竣工した当クラスは、第二次大戦ではビシー政権の指揮下となった2隻が1942年11月に独軍の接収をおそれツーロンで自沈している。1941年に北アフリカ戦線で連合軍にくだった2隻は終戦まで生き残り、戦後に退役している。
 なお、艇名の”CH”は猟師(ハンター)を意味するフランス語の"chasseur"から来ており、資料によっては艇名を「Chasseur 1」型としているものもある。


CH1型駆潜艇の歴史
CH1 [CH1]
1932年ブルターニュ造船所[Ateliers et Chantiers de Bretagne]にて起工
1933年進水
1934年竣工
1940年ビシー政権指揮下となり、艦種を補助警備艇と変更
1942年11月27日独軍の接収をおそれツーロンにて自沈
1943年イタリア軍の手により浮揚され、修理を実施
1944年 7月連合軍機の攻撃を受け再度沈没
CH2 [CH2]
1932年ブルターニュ造船所にて起工
1933年進水
1934年竣工
1940年ビシー政権指揮下となり、艦種を補助警備艇と変更
1941年末アルジェリアにて連合軍へ降伏。自由フランス海軍編入となる
1943年 9月〜コルシカ島解放やプロヴァンス上陸を支援
1945年 8月退役
CH3 [CH3]
1932年ブルターニュ造船所にて起工
1933年進水
1934年竣工
1940年ビシー政権指揮下となり、艦種を補助警備艇と変更
1941年末アルジェリアにて連合軍へ降伏。自由フランス海軍編入となる
1943年 9月〜コルシカ島解放やプロヴァンス上陸を支援
1948年11月12日退役
CH4 [CH4]
1932年ブルターニュ造船所にて起工
1933年進水
1934年竣工
1940年ビシー政権指揮下となり、艦種を補助警備艇と変更
1942年11月27日独軍の接収をおそれツーロンにて自沈
1943年イタリア軍の手により浮揚され、修理を実施
       9月イタリア降伏のため独軍に接収。独海軍へ編入され艇名を「Uj 6077」と改名
1944年 7月 5日連合軍機の攻撃を受け再度沈没


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