マルヌ型 (一等)通報艦

"Marne" Class Colonial Sloop
Aviso de 1ère (Colonial) Classe "Marne"


フランス海軍 他 フランス海軍 ドイツ海軍


Marne

Yser
(上段)「マルヌ」/(下段)「エイゼル」
スペックデータ(【 】内は「Marne」の数値
排水量:(基)566t
      【(基)601t】
ボイラー:Normand罐・重油専焼×2基
(一部艦はDu Temple式)
燃料搭載量:重油143t
全長:(全)78.0m
全幅:8.9m 主機:Parsons式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:3.4m
出力:4,000hp
    【5,000hp】
武装:
50口径65mm単装砲2基、爆雷搭載可能(投下軌条1)
(1920年代に主砲を45口径10cm単装砲4基へ換装。「Somme」のみ
35口径75mm単装砲1基、50口径65mm単装砲2基、50口径47mm単装砲2基)
最大速力:20.0kt
     【21.0kt】
航続距離:11ktで4,000浬
乗員定数:113名

同型艦名(6隻)
マルヌ [Marne]ソンム [Somme]エイゼル [Yser]
エーヌ [Aisne]マース [Meuse]オワーズ [Oise]

マルヌ型(一等)通報艦について

 フランス海軍が第一次大戦前に計画し、第一次大戦勃発後の1916年から建造を行った植民地警備用の通報艦。フランス海軍では一等通報艦に分類されている。
 基本的な仕様は指示されたものの、船体設計は各造船所へ任されたため、ロリアン工廠にて建造された「マルヌ」「エーヌ」は二本煙突となり、他の姉妹艦とはシルエットが異なっている。竣工当初には小口径砲が2門のみの軽武装であったが、1920年代に10センチ砲4門へ換装された。

 姉妹艦のうち半数の3隻は第二次大戦前に退役しているが、残った3隻は第二次大戦勃発後はヴィシー政権指揮下で行動した。「ソンム」は1941年に退役・解体となり、「エイゼル」は1942年11月に他のフランス艦艇と共にツーロンで自沈した(その後、引き揚げられドイツ海軍の標的艦となる)。「マルヌ」は仏領インドシナにてタイとの国境紛争に参加しているが、終戦直前に自沈した。


マルヌ型(一等)通報艦の歴史
マルヌ [Marne]
1916年ロリアン工廠[Arsenal de Lorient]にて起工
      11月25日進水
1917年竣工。ブルターニュ方面にて任務に従事
1920年代前半バルト海へ転属
1920年代後半〜仏領インドシナへ転属
1941年 1月17日タイ海軍艦艇と交戦(コーチャン島沖海戦)
1942年仏領インドシナ近海にて護衛任務などに従事
1945年 3月10日カン・トー[Can tho]川にて自沈
1957年 6月解体処分
ソンム [Somme]
1916年ブレスト工廠[Arsenal de Brest]にて起工
1917年 3月22日進水
1917年竣工。ブルターニュ方面にて任務に従事
1920年バルト海へ転属
1921年海軍士官学校の練習艦となる
1933年 6月退役。予備役艦となる
1937年 3月再就役。スペイン内戦に際し、哨戒任務に従事
1939年 8月〜大西洋第二艦隊へ転属。ビスケー湾の哨戒に従事
1940年 5月〜カサブランカ、モロッコ沖の警備に従事
      10月31日ポート・リョーテ(現在のケニトラ(モロッコ))にて武装解除
1941年10月14日除籍。解体処分
エイゼル [Yser]
1916年ロシュフォール工廠[Arsenal de Rochefort]にて起工
1917年 1月進水
1917年竣工。ブルターニュ方面にて任務に従事
1919年黒海へ転属
1920年クリミア半島からの白系ロシア人避難に従事
1922年〜砲術学校の練習艦となる
1927年〜対潜学校の練習艦となる
1940年ツーロンにて兵学校の練習艦となる
1942年11月27日ツーロンにて自沈
1943年 5月ドイツ軍により浮揚。標的艦として使用される
1943年 6月ラ・シオタ[La Ciotat]へ曳航され放置となる
1944年 5月22日ラ・シオタ沿岸にて英潜「ユニヴァーサル」の雷撃を受け沈没
エーヌ [Aisne]
1916年ロリアン工廠にて起工
1917年 7月進水
      12月10日竣工。ブルターニュ方面にて任務に従事
1925年シェルブールへ転属。沿岸哨戒に従事
1934年ブレストへ転属。沿岸哨戒に従事
1937年スペイン内戦に際し、哨戒任務に従事
1938年10月17日退役。ブレストへ係留される
1943年英偵察機を欺瞞するため独軍艦に似せた偽装が施される
1945年(?)戦後、解体処分
マース [Meuse]
1916年ロシュフォール工廠にて起工
1917年 6月進水
1918年竣工。ブルターニュ方面にて任務に従事
1919年バルト海へ転属
1920年海軍士官学校の練習艦となる
1935年 2月ブレストにて失火、損傷を負う
1937年サン・ナゼールにて宿泊船として使用
1938年12月20日除籍。翌年スクラップとして売却
オワーズ [Oise]
1916年ブレスト工廠にて起工
1916年10月12日進水
1917年竣工。ブルターニュ方面にて任務に従事
1918年 8月 2日独潜「UB-88」を撃沈
1920年バルト海へ転属
1921年〜海軍士官学校の練習艦となる
1923年〜実戦部隊へ復帰。第一艦隊へ配属
1927年〜海軍士官学校の練習艦となる
1935年10月〜兵舎船として使用される
1938年 1月ブレストへ曳航され、係留となる
       8月11日退役
1943年英偵察機を欺瞞するため独軍艦に似せた偽装が施される
1944年ランニオン[Laninon]にて防波堤とするため自沈処分


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